TRAVEL

Feel Its Energy of Malta
~俳優・窪塚洋介、マルタを感じる旅~

Starring: Yosuke Kubozuka
Text: Makiko Yamamoto
Video: Yuki Tanzawa
Photo: Takeshi Hirabayashi
Cooperation: Malta Tourism Authority, Qatar Airways

Feel Its Energy of Malta ~俳優・窪塚洋介、マルタを感じる旅~

地中海のおよそ中心、イタリア・シチリアの南に浮かぶ島国、マルタ。
その地理的要因から、アフリカとヨーロッパの中継地点として、共和制ローマ時代には地中海貿易で栄えた。また戦略的、経済的要因から16世紀にはオスマン帝国に18世紀にはナポレオン率いるフランスの占領下に、さらに19世紀には英国領となりイギリスに統治されるという独特な歴史背景をもっている。
1964年英国連邦国家に一国としてイギリスから独立、共和制を導入し、現在のマルタ共和国になったのは今からおよそ50年弱前の1974年。
経済圏としての独立したマルタの歴史は浅いといえるが、ここマルタには、遺跡編でも記述したように超古代文明の遺跡が遺されている他、中世以降のヨーロッパの歴史を感じる建造物や、唯一無二の美しい自然など様々な魅力が凝縮されているのだ。

一度訪れるとまた足を運びたくなる国、マルタの冒険をいざ始めよう。

Valletta

首都ヴァレッタ

対岸から臨むヴァレッタの街並み。地中海の要衝地として、海上防衛はマルタにとって最も重要な事案であった

街全体が世界遺産であり、マルタの首都ヴァレッタ。街が要塞としての機能を持つこの街は、オスマントルコ軍との戦いを踏まえ、難攻不落の都市になるよう緻密な計画のもとに作られた。

ジャン・パリゾ・ド・ラ・ヴァレット

1565年にオスマン帝国からの防衛に成功した聖ヨハネ騎士団(のちのマルタ騎士団)の総長、ジャン・パリゾ・ド・ラ・ヴァレットの名を冠したこの街は、度重なる世界大戦の傷痕は多々あるものの、当時の絢爛さを思わせるバロック様式の美しい建物や騎士たちが住んでいた邸宅なども数多くのこっており、ふらり街を彷徨えば、ちょっとしたタイムトラベル気分に包まれる。

首都というだけあり、煌めきと賑わいに満ちているヴァレッタは、かつてのイギリス首相ベンジャミン・ディズレーリが「紳士によって紳士のために造られた町」と表したように、気品と誇りが漂う上品な街並みで旅人たちを迎え入れる。

徒歩で見て回れるほどの小さな街ながら見所満載のヴァレッタ

目抜き通りからたくさんの路地が走るヴァレッタの街。時間の許す限り自分の足で歩いて土地を感じたい。

マルタで良く見かけるもの、そして現在マルタを訪れた人が必ず写真を撮るスポット、電話ボックス。公衆電話自体懐かしいが…

実はこちら、昔懐かしいイギリス風のキュートな電話ボックス。現在もイギリス連邦に加盟しているマルタでは、街の至るところでイギリスの風が感じられる。

一通り街を散策した後は、ヴァレッタで最も神聖な土地の一つ、聖ヨハネ大聖堂へ。

St John’s Co-Cathedral

聖ヨハネ大聖堂

壁、床、柱……聖堂の隅々まで施された装飾に思わず言葉を失う

マルタ建築に欠かせない蜂蜜色のライムストーンで作られた聖ヨハネ大聖堂。一歩足を踏み入れれば、黄金色に輝く豪華絢爛な空間が旅人を包み込む。まさにヴァレッタのハイライトといえよう。
会堂下には今もマルタ騎士たちの遺骨が眠っており、床にある大理石でできた墓石には彼らの似姿とともにその紋章が彫られている。

天井と祭壇の両側はマルタ騎士団員で画家のプレッティによる聖ヨハネの生涯を描いた絵画で埋め尽くされる

両サイドに4つずつ設けられた礼拝堂は、騎士団を構成した8つの地域の騎士館となっており、8つの言語でそれぞれの守護聖人に献堂されているという。
当時、マルタ騎士団がどれだけこのマルタで重要視されていたか……この聖ヨハネ大聖堂の豪華さをみてお分かりいただけるだろう。

聖ヨハネ大聖堂は、1573年~78にかけてマルタ騎士団によって建てられた

ここに来たら必ずみておきたい芸術品がある。
16世紀〜17世紀にかけて活躍した画家、カラヴァッジョの絵画だ。

聖ヨハネ大聖堂内には貴重なカラヴァッジョの作品が展示してある

イタリア・ミラノ生まれの彼は“光と陰の明暗”を描く天才画家としてイタリアで成功してたのだが、同時に彼の人生も“光と陰”に支配されていたことも付け加えておこう。
直情的な性格が災いし、喧嘩や口論に明け暮れる日々を送っていたが、ある日ローマで乱闘を起こし、若者を殺害。ローマを追われた彼はマルタ騎士団を頼りマルタに来島し「聖ヨハネの斬首」を仕上げ、騎士団の身分になるが、同僚の騎士と争い、地下牢に幽閉されてしまうのだ。

「聖ヨハネの斬首」右下には“騎士ミケランジェロ”と本名でのサインが残されている。サインをしない画家で知られた彼が唯一署名した非常に珍しい作品だ

後に彼はマルタを脱出し、再びローマを目指すが旅の途中で病にかかり39歳という短い一生を終えた。

Silent City Mdina

古都イムディーナ

3カ所の門の中でもひときわ美しいメインゲート。騎士団長マノエル・ド・ヴェルーナによって建設されたこの門の両脇にはヴェルーナ家の紋章であるライオンの像が置かれている

ヴァレッタが首都になる以前、ここイムディーナがマルタの首都として栄え、貴族や職人をはじめ多くの人々がこの街で生活をしていたが、首都の移動に伴い、賑わいが去ったこの街は、 “Silent City(静かな街)”と呼ばれるようになる。

アラビア語で「城壁の町」を意味するイムディーナはその名の通り淡い色のライムストーンでできた外壁によってぐるりと囲まれており、3カ所ある門からのみ通行が可能。

赴き深い小径が多く走っているのが特徴的なイムディーナ。街灯がともる頃には、ロマンティックな夜の帳が街を包む

17世紀、イムディーナの中心部に建てられたカーマライト教会は、その見事なバロック様式で、重要なバロック建造物の一つと捉えられている。近年ようやく一般公開が始まった

中世の繁栄の跡を色濃く残すイムディーナの悠久の美を求めて、世界中から観光客が訪れ、現在マルタの観光では欠かせない場所となっている。
イムディーナで必ず訪れたい場所、それは聖パウロ大聖堂。シンプルな外観とは趣を異にする荘厳な内装に格式の高さを感じずにはいられない。

イムディーナで必ず訪れたい場所、それは聖パウロ大聖堂。シンプルな外観とは趣を異にする荘厳な内装に格式の高さを感じずにはいられない。

聖書の様々なシーンが描かれた天井のフレスコ画は優しい色と繊細な筆づかいが特徴。祭壇上部のクーポラ(ドーム状の採光部)から差し込む光……まるで神の国からのそれのようだ

この教会は4世紀頃に司祭聖パブリウスの家の跡地に建てられた小さな聖堂が原型であり、現在の建物は大地震によって倒壊した後の18世紀初頭に再建されたものだという。

ちょうどこの日は結婚式が執り行われていた。クラシカルなウエディングドレスが大聖堂によくマッチして

この床下にも騎士や貴族、聖職者たちが眠っており、教会の床にはその墓石がずらりと並んでいる。訪れた際はぜひ彼らにも敬意を表したいものである。

古都を後にし、港町マルサシュロックへ。

Marsaxlokk

マルサシュロック

車を走らせマルタ島南東部へ。幹線から脇道に入り、石垣に囲まれた畦道を埃を立てて駆け抜ける。窓から吹き込む乾いた空気に潮の薫りが混ざりはじめた……海が近い。
「車はここまで」ドライバーに促され駐車場からつづく細い道を抜けると、目の前に港町が広がった。

彩り豊かな船は「ルッツ」と呼ばれるマルタの伝統的な小舟で、先端には海の安全を祈願して“ホルスの目(オシリスの目という説もある)”が描かれているのが特徴

広い空とエメラルドに輝く地中海ブルーの海、カラフルな漁船が視界を埋め尽くす。
マルタ語で、マルサは「港」、シュロックは「南」という意味をもつマルタ最大の漁村・マルサシュロック。

この晴れ晴れとした深い入り江を誇るマルサシュロックはマルタの歴史上数々の重要なドラマの舞台となってきた。
大包囲戦初戦、オスマントルコ軍の侵略はマルサシュロックから始まり、また18世紀にナポレオン率いるフランス軍がエジプトを攻略する際マルタに上陸した港の一つだった。

入港する船を迎え入れるかのように外海を向いて佇むキリスト像

かと思えば、近年ではジョージ・ブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長が冷戦の終結を宣言した「マルタ会談」が行われたのもこの港町沿岸だったりする。

そんな重苦しい歴史的背景を感じさせない、穏やかな潮風と燦々と照りつける太陽。
開放感を全身で味わう。

堤防で水切りに興じる。石は見事に6回跳ねた

マルサシュロックには地中海の海の幸を求めてたくさんの人々が訪れる。海を臨む通り沿いにはずらりとレストランが立ち並び、客はテラス席で太陽を浴びながらシーフードに舌鼓を打つのが常だ。

日曜になると海沿いにマーケットが開かれ、採れたての魚介類はもちろん、地元の農家たちが手作りしたジャムや民芸品を販売する。

マーケットは地元の人と交流できるまたとないチャンス。開催日を調べてぜひ訪れたい

Beautiful Landscape in Gozo

ゴゾ島の絶景

天候条件が整えば、ボートツアーに参加しよう。外洋から臨むユニークな断崖と紺碧の水面は一見の価値ありだ

マルタ島からフェリーで30分、カスティーリャ語(スペイン語の一つ)で“喜び”を意味する小さな島、ゴゾ島に到着する。
この島の魅力は古き良きマルタの魅力が数多く残っていることではないだろうか。
ここ、ドウェイラ湾の壮大な景観もその一つ。
長年の風と波により、表層の柔らかい部分が削り取られ、このように美しい地形が姿を表わしたのだ。

空の色を反射してグリーンやブルーへと色を変える宝石のような水面とユニークな地形……地球の神秘に触れたような気持ちになる。
足元に視線を落とすと、岩に埋まった化石のようなものが目についた。
訊けばこれは、遠い昔マルタが海の底にあった時代のウニの化石だという。
そう、マルタは人類の歴史が始まる遥か昔は海の底にあった。それが地球の大規模な地殻変動により、アフリカ大陸に押し上げられるようにして現在のマルタ島がひょっこり顔を出したというわけだ。

今回は天候が許さなかったが、ボートツアーはここから始まる

太古の生物とこんな場所で出会うことができるなんて!
海底だった頃の大地を想像する……。

“絶景”だけならインターネットですぐに手に入る。
でもこうして土地を訪れ、触れて踏みしめて、手がかりを探す。
それが「旅」ってものなんだと、旅を重ねれば重ねるほど、自然と気がついてくるんだ。

神の采配か、はたまた宇宙の法則か。
45億歳の“奇跡の地球”は数々の大きな変動を経て今の僕らを抱えている。
桁は違えど、まるで人の一生みたいだ。
どんな困難があっても、生き続けることできっと光は見えてくるはず。

そんなことを考えながら、次なる奇跡を求めて旅を進めよう。

Mosta Dome

奇跡のドーム

マルタ島の中心部の街、モスタ。アラビア語で「真ん中」を意味する「ムスタ」が語源と言われている。
この地域には熱心なキリスト教徒が多く、16世紀半ばにはおよそ116世帯に対し12もの礼拝堂が建っていたほど。19世紀にマルタ人建築家によって建てられたモスタドームは、支柱のないドーム型の教会としてはヴァティカンのサンピエトロ大聖堂、ロンドンのセントポール大聖堂について3番目の大きさを誇る。
さて、なぜ「奇跡のドーム」と言われるのか。
マルタは第二次大戦時3000回以上もの爆撃を受け、それはここモスタも例外ではなかった。
1942年4月9日、ドイツ軍によって落とされた爆弾がモスタドームに直撃、当時ちょうどミサの最中だったが、爆弾は天井を突き破り建物内へ、不発に終わったのだ。
その場にいた300人全員が無傷だったことから、人はこれを「モスタの奇跡」と呼ぶようになったのだという。

マルタにはもう一つ、奇跡の教会がある。
そこでは磁場の関係か、数々の奇跡が生まれているのだとか。
フェリーに乗ってゴゾ島へ。

Ta’ Pinu Sanctuary

タ・ピーヌ教会

広大な畑地帯にポツンと建つ教会、タピーヌ教会。1833年、教会の近くを通った農婦が聖母の声を聞いたことにより建てられ、ここにお祈りに来る人々の病気を治したことから「奇跡の教会」、マルタのパワースポットとして知られるようになった。

教会の中にはたくさんの感謝の手紙が展示されており、今も奇跡を求めてたくさんの人が祈りを捧げに訪れる。

ところが、地元のガイドの話によると、奇跡はそれだけではないようだ。
ここに住んでいた貧しい農夫もまた特別な力を持っていたようで、病気の治癒や予知などにおいて地元の人々を助けていたそうだ。
彼は十数年前にこの世を去ったが、タピーヌ教会前の広場には彼の銅像があり、彼に実際に治してもらった人たちがお礼参りにくるのだという。

畑のど真ん中に建てられた、立地そのものが不思議な教会だ

数々の奇跡を生み出す土地……それはもはやこの教会というより、ここの磁場、エネルギーがそうさせていると思えてならない。

The Citadel

チタデル

ゴゾ島の中心部、島を見渡す高台に建っている大要塞・チタデル。
地中海の要衝という立地から、1551年、多くの島民が奴隷として海賊に連れ去られるなど、ゴゾ島は度重なる海賊被害に遭ってきた。

ぐるりと張り巡らされた堡塁は2mを超える高さ

島を360度見渡すことができるチタデルは、海賊に襲われた際の避難、攻防の場所としての役割を果たしていたという。

要塞の中にはゴゾ大聖堂が聳える。赤とゴールドの煌びやかな装飾が美しく、また天井がドーム状に見えるように騙し絵が施されていることでも有名だ。

MALTA the Great Tresure of Europe

ヨーロッパの至宝、マルタ

美しい自然、超古代文明、騎士の誇り、中世の芸術、豊かな食文化、被統治の歴史……あらゆる側面が内包された奥深い国、マルタ。

その地理的条件故、様々な文化が交差し溶け合ってきた希有な国だ。
市街から一歩足を踏み出せば、青々とした草原や、ゴツゴツした岩場や、乾燥した平野が僕らを迎え入れる。
昔の人々と同じ光景を目前にしている……そう感じる瞬間に度々出会う。

流れる時の中で、マルタは、時代ごとのゆらめきをおおらかに受け容れ、今に遺している。

そんなマルタの寛容さが、地中海屈指の観光地でありながら、どこか静寂さを偲ばせる理由の一つなのではないだろうか。
時代を超えて、訪れる者を魅了しつづけるマルタ。ヨーロッパの至宝という名にふさわしい場所だといえよう。

MALTA 観光編 ~完~