映画『春にして君を想う~Children of Nature』
火山と氷河が創り出した“奇跡の島”と言われている国。
あるきっかけで再び出会った年老いた男女が、アイスランドを二人で旅するロードムービー。
その中に描かれる超自然的な風景や切ない物語に、僕はあっと言う間に虜になった。
フリドリック・トール・フリドリクソン監督から自身作『Cold fever』の出演オファーがあった時は、あの地に自分が立てるのか!と、とても興奮した。
しかし、僕が訪れた時は極夜(一日中薄暗く、殆ど太陽が上がらない。ちなみに夏は真逆の白夜になる)で、まさに国名のごとく雪と氷に覆われたシーズン…。
なんと『Cold fever』は冬に撮影される初めてのアイスランド映画らしい。
極寒の冬に、しかも日照時間が僅かしかない時期に映画を撮ろうなんて
今まで誰もチャレンジしてこなかったのだそうだ。
空港に降り立った僕の目の前に広がる風景は『春にして君を想う』とは真逆の世界、
しかしその圧倒的な景色は、寒さを凌ぐ素晴らしさがあった。
ひとつの道路を挟んで、片方の景色を見ると、雪に覆われた白銀の世界、
もう一方を見ると、活火山から噴き出したマグマが固まってできた漆黒の世界…
まるで振り向く度に『天国と地獄』が交互に見られる様な信じられない場所が永遠に続いていた。
数千年もその場に存在している氷河や氷山、自然の不思議を目の当たりにする間欠泉…そして、ほぼ毎日目にしていたオーロラ。
それらの光景を僕は一生忘れないだろう。
島国、古代からつたわる様々な伝説、温泉文化……我々と沢山の共通点を持つこの国の人々は日本と言う国、文化にとても親しみを持ってくれている。
日本の文学や芸術にも、とてもリスペクトしてくれていた。
ここ数年、アイスランドへ伺う機会がなかなか訪れない。
フリドリクソン監督とはフランスや日本で何度もお会い出来ているんだが…。
彼が随分前に『また一緒に映画を創ろう』と声をかけてくれた企画がある。まだその企画は生きている。
しかし監督は視界が段々狭まっていく病に侵され、今も戦っていらっしゃる。
その体験、心情を反映させる形でプロデュースした作品がビョーク主演の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だ。
彼の心の中で描かれているその新作映画を、いつの日か一緒に旅する日が来ると、僕は願っている。
素晴らしい風景、そして素晴らしい人々、『春にして君を想う』を観るたびにそれらが浮かび、まだ見ぬアイスランドでは貴重な“夏”を夢想し、僕は心の中で旅をする。
永瀬正敏
Profile:
永瀬正敏(俳優・写真家)1966年生まれ、宮崎県出身。1983年、映画『ションベン・ライダー』でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89)、山田洋次監督『息子』(91/日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞他)など国内外の100本以上の作品に出演し、数々の賞を受賞。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』では、金馬映画祭で中華圏以外の俳優で主演男優賞に初めてノミネートされ、『あん』(15)、『パターソン』(16)、『光』(17)ではカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となる。近年の主な出演作に、映画『64-ロクヨン-前編/後編』(16)、『Vision』(18)、『パンク侍、斬られて候』(18)、『赤い雪 Red Snow』(19)、『ある船頭の話』(19)、『最初の晩餐』(19)、『カツベン!』(19)、『ファンシー』(20)などがある。また、写真家としても多数の個展を開き、20年以上のキャリアがある。2018年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。