INTERVIEW

広瀬すず、10年越しのカンヌで見つめた“表現者”としての現在地

第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品作品にて『遠い山なみの光』が上映された。石川慶監督、原作のカズオ・イシグロ氏、吉田羊、カミラ・アイコ、松下洸平、三浦友和らとともにカンヌの地を踏んだ広瀬すず。
ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロが自身の出生地・長崎を舞台にした小説を映画にした本作は、第二次世界大戦の惨禍と原爆投下後の、急激に変化していく日本に生きた人々の、憧れ、希望、そして恐怖が描かれている。
悦子役を演じる主演の広瀬すずはとっては2度目のカンヌの舞台。10年前、是枝裕和監督とともにこの地を踏んだ少女は、今や日本映画を背負う女優として、確かな存在感を放っている。

Interview, text: Makiko Yamamoto
Photo: Yusuke Kinaka
Photo at red carpet& theater: Kazuko Wakayama

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──カンヌに再び降り立ったお気持ちはいかがでしたか?

広瀬:10年前の記憶はほとんどなくて(笑)。でも、街全体が映画愛に包まれているという印象だけは強く残っていました。今回は、自分自身がその後も映画を経験してきた後ということもあって、“ここで自分の出演作が上映される”ということの大きさを改めて実感しました。観てもらえること自体が、本当にかけがえのない経験ですね。

──実際にカンヌでご自身の作品が上映され、会場の反応はいかがでしたか?

広瀬:言葉は通じないはずなのに、あたたかく受け入れられているような反応を感じました。日本の歴史を背景にした物語で、当時の女性や男性たちの姿をどう受け止めてもらえるのか……正直なところ、今でも不思議な感覚です。スタンディングオベーションも“お世辞かな!?”って疑いながらも(笑)、やっぱり嬉しかったです。

──石川慶監督との初タッグとなった本作。現場での印象は?

広瀬:キャストもスタッフも、ほとんどが初対面の方ばかりでしたし、脚本もかなり難解で、最初は迷子のような感覚でした。でも、監督の「単なる戦争映画にはしたくない」という言葉がとても印象的で。その想いだけを信じて、言葉よりも感情を共有しながら現場をつくり上げていきました。

──演じられた緒方悦子という女性像には、どのように向き合われましたか?

広瀬:悦子は一見“普通の人”に見えるけれど、当時の女性たちが抱えていた葛藤や我慢を象徴するような存在です。監督がリハーサルや本読みの機会を多く設けてくださったおかげで、共演者の悦子に対する捉え方を知ることができ、それを自分の中に取り込む作業を重ねました。たとえば、家庭では当時の女性像に寄せつつ、ある場面では共演者の雰囲気に合わせて……そうやって“多面性”を表現しようと心がけました。

──悦子と幸子(演:二階堂ふみ)という対照的なキャラクターの関係性も印象的でした。

広瀬:まったく違うタイプなのに、どこか通じ合っている。女性同士って一緒にいると似てくることがあるじゃないですか。でも、悦子と幸子にはそうならない絶対的な違いがあって、けれどもお互いに惹かれ合うような。私は幸子を“もう一人の自分”として見ていました。

──二階堂ふみさんとの共演については?

広瀬:ふみちゃんは、キャッチ力がすごい。まるで職人のようにすべてを吸収して、表現に変えていく。そのリズム感も独特で、振り回されながらも、すごく心地よい刺激を受けました。むしろ私が引っ張ってもらっていた感じですね。だからこそ、悦子という人物像が立ち上がってきたと思います。

──この作品を通じて、ご自身の中で何か変化はありましたか?

広瀬:はっきりとした答えはないのですが、直前に沖縄の戦後を描いた作品にも出演していて……場所が違えば歴史も異なる。でも“知る”という行為がとても重要だと実感しました。戦争や原爆を描く題材に関わるには、表現者としての“責任”が必要だと、強く思いました。

──今後の展望や表現者として伝えたいことがあれば教えてください。

広瀬:正直、明確な目標は定めていないんです。ただ、楽しいと感じられることだけを続けていきたい。10代の頃に比べて、いろんな経験を経た今だからこそ、“楽しい”という感情を大切にしたいなって思うんです。

──カンヌでは印象的なエピソードもあったとか?

広瀬:到着してすぐ、是枝監督と10年前にも行ったレストラン“Da Laura(ダ・ラウラ)”にまた連れて行っていただいたんです。当時は分からなかったトリュフの味が「こんなに贅沢だったんだ」って思えるようになっていて、自分の変化にも気づかされました。

──今年のカンヌには日本からの作品も多く出品されていましたね。

広瀬:そうですね。こんなに遠い場所でも、日本映画を心待ちにしてくれている人たちがいることに、改めて驚かされました。私たちが思っている以上に、日本映画がしっかりと届いている。やる意味があると実感しました。

時を超えてふたたびカンヌの地に立った広瀬すず。
10年という歳月が、ひとりの俳優に刻んだものは、覚悟と自由と、揺るぎない表現者としての自信だった。
今、彼女の目の前には、過去でも未来でもない、“いま”という最高の舞台が広がっている。

広瀬すず

1998年6月19日生まれ、静岡県出身。「幽かな彼女」(KTV・13)で女優としての活動を開始し、『海街diary』(15)で第39回日本アカデミー賞新人俳優賞ほか数多くの新人賞を総なめにする。翌年『ちはやふる』(16)で映画単独初主演。第40回日本アカデミー賞では、『ちはやふる-上の句-』で優秀主演女優賞、『怒り』(16)で優秀助演女優賞をダブル受賞。19年には、NHK連続テレビ小説「なつぞら」でヒロインを務める。近作には第14回TAMA映画賞最優秀女優賞、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した『流浪の月』(22)、第78回毎日映画コンクール女優助演賞を受賞した『キリエのうた』(23)、『ゆきてかへらぬ』(25)、『片思い世界』(25)などがある。

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