Interview/ text: Makiko Yamamoto
Photo: Makiko Yamamoto
今年1月、ロシア料理界の革命児、ウラジミール・ムヒン氏が「COOK JAPAN PROJECT」に参加するために来日した。
予てより氏に注目していた当メディアは知人の協力を得てインタビューの機会を得ることに成功。
ロシア人としてのロシアの伝統と食材への純粋な志、そして我々のロシア料理に対する既成概念を完全に覆す彼の技術とフィロソフィーをぜひ感じて欲しい。
Q日本には何度もいらしていますよね
Aそう、10回以上は来ているね!
Q今回はCook Japan Projectへの参加がメインで来日されましたね。コンセプトはなんでしょうか。
A毎回来日の度に色々な場所でポップアップレストランを開いているんだ。
人はただ食べるためだけにレストランにくるのではなく、その雰囲気も含め、「エクスペリエンス」を求めてレストランに訪れる。
例えば東京はたくさんの“ホンモノ”があるよね。
僕はホンモノを追求するというのはとても大事だと思っている。
それは世界的にもそうだし、そこにはサステナビリティやエコの考え方も含有される。
そしてバランスを重んじることも大事だと持っている。
僕ら人間は常に2つの対照的な物事にさらされているよね。昼と夜、陰と陽、男性と女性とかね。
食も然りなんだ。火と氷など。また厨房には男性も女性もいる。
そういったバランスが非常に重要であり、その前提のもとで僕のレストラン「White Rabbit」は成り立っているんだ。
伝統的なロシア料理を現代風の解釈で提供するといったようにね。これは過去と未来のコントラストだね。
話が逸れたけれど、今回日本でもその“バランス”を大切にしている。キャビアなどロシアの食材も持って来ているけれど、ホタテや雲丹をはじめとしたたくさんの日本の食材も取り入れている。
コースの一皿ごとにそんな僕らの考え、つまりコントラストを入れこんでお客様に提供しているんだ。
今回、蕎麦の実のお粥をメニューにいれているんだけれど、日本では蕎麦の実は蕎麦という麺料理にして食するよね。でもロシアではそれを茹でてお粥にして食べるんだ。
今回は蕎麦粥に雲丹を入れて提供することにしている。
過去と未来という点では、ロシアのシンボルでもある「Birch Tree(樺の樹)」を粉状にしてロシアの伝統パン“ボロディンスキーパン”をグルテンフリーで作ったんだ。
また、テクノロジーと料理の融合で、樺の樹の花を咲かせる料理にも成功した。
これは食べてからのお楽しみだね。
また、先ほどサステナビリティ(持続可能性)について触れたけれど、それは今後世界にとってとても大事なアイデアだと思っている。
残念ながらロシアはそれに追いついていない。日本でもまだビニール袋が提供されているよね。今日ある百貨店でビニール袋を渡されてビックリしたんだ。
僕にとって東京はとても先進的な都市だと思っていたからね。
Qその点では日本、ひいては東京すら少し遅れていますよね。最近少しずつプラスティックを減らそうという試みも出て来ていますがまだまだだと思います。
Aこれからやればいいんだよ。未来にチャンスはたくさんあるからね。
まず僕ら一人ひとりが始めることだよね。自分の意識が変われば周囲も変わってくるはずだ。
ロシアも日本と同じで、遅ればせながらサステナビリティについて世間が考え始めている。
僕自身も全くプラスティックを使わないかといったらそれは非常に難しい。でも僕らホワイトラビットでは使わない方向で一致しているんだ。もちろんリサイクルにも積極的に取り組んでいる。
Qまさにこれからの時代にとって必要なことですね。実はムヒンさんと私は同い年なのですが、環境に関しては我々世代はかなり意識していますよね。
同様に、プロジェクションマッピングなどのテクノロジーと食を融合した試みも日本でもいくつか発信されています。今回、先ほど少しおっしゃっていましたがデザートにてスマホアプリを使ったプレゼンテーションがありますね。
Aそう。
今回はロシアの代表的な樹木、白樺の花を日本のみなさんにお見せしたいという気持ちから、アプリを使ったプレゼンテーションとなったんだ。本当はガジェットを使わず、実物をみていただくのが一番なんだけどね、白樺の花には当然シーズンがあるからね。
Q素晴らしいですね。
テクノロジーの適切な使い方とはそういうことなんでしょうね。奇をてらうことを目的にするのではなく。
過去のインタビューを拝読したり、あなたのドキュメンタリーを観ていて感じたのですが、ムヒンさんは食材への思い入れも強いですよね。
ロシア各地を旅し、土地の味を確かめたり、White Rabbitではご自身の畑で採られた食材を提供されたり、また食材の可能性を最大限に広げる調理法にも挑戦されつづけていますね。
A元々ロシアには素晴らしい食文化があったのだけれど、ソビエト連邦時代の「食堂」システムが単一的でつまらない食へとロシア料理を変えたんだ。
ソビエト連邦崩壊後、徐々に食の革命が起こってきている。
現在は僕は「食」をアートの一つとして捉え、エキシビションを開催したりしている。
“食”というものはただお腹を満たすだけでなく、人と人を繋げる役割をも持っている。
奥さんとケンカしたとしても、翌朝、同じテーブルで朝食を囲むことでまた会話が生まれる。それは家族の中だけではなく、リッチな人たちとそうでない人を繋げる役割も持っていると思うんだ。以前、ジュネーヴの湖畔で行われた音楽イベントで、面白い試みが行われた。お金持ちとお金のない若者が一緒に食事をするというものだ。
するとどうだろう。普段はあまり関わりのない両者だが、一緒に食卓を囲むことで会話が生まれ、垣根を超えて楽しく食事をしていたんだ。
そのコントラストは食材にもいえる。希少性や値段に関らず、どの食材も主役になれる可能性を秘めているんだ。
例えばキャビアとキャベツ。キャベツは最も安い食材の一つで、ただお腹を満たすだけのために食べることもあるだろう。
でも、僕にとってはキャベツはキャビアよりも大事だといえる。キャビアはそれ自体で主役になりうるけれど、キャベツはそのままでは中々主役にはなり得ない。でも“調理”というフィルターを通すとどうだろう。ゆっくりと焦がすように調理すれば、シンプルなキャベツが薫製のような薫りを纏い、キャビアよりももっと深みのある味わいになる。
僕はそういうことにすごく興味があるんだ。
常に新しい試みをし、固定概念を覆していくことにね。
今回も、ロシアのミュージシャンにお願いして、このイベントのために曲も用意してもらった。“食”には空間づくりも大事だからね。
Q非常に興味深いですね。あなたが作り出すものは“食べるアート”であり、同時に食の冒険もできると。
Aそうだね。最初にも言ったように、僕は色々なコントラストや食材の代替に興味があってそれをそれぞれの皿で表現することにチャレンジしている。
今回メニューの最初にある、ラード(豚の脂)をココナッツオイルで再現したココラードも面白いと思う。ラード特有の重さはココナッツオイルを代替することで軽やかに、さらにフレーバーも加わる。もちろん格段にヘルシーにもなるね。
Qその取り組みとアイデアはやはり天才の域に達していますね。
今、ロシアで23のレストランを展開されていますが、今後、ロシアだけでなく、日本をはじめとする海外へ広げることは考えていますか。
A色々な国から実にたくさんのお声がけはあるよ。でも今はロシアでやっていくということにフォーカスしたい。
もちろん今回のようにポップアップのイベントは世界中でやっていくだろうし、今後海外で絶対に展開しないとは言えないけれど、今はロシアの食文化のほうを向いていたいんだ。
White Rabbitは一店舗目のまさにフラッグシップレストランなんだけれど、僕はファインダインだけではなく、カジュアルなレストランも展開したいと思い、現在国内で23店舗になった。それはより多くの人に“食”を楽しんで欲しいから。
ロシアの食産業は今とても興味深い局面を迎えている。ソビエト時代、「食堂」で働いていたシェフは国によってコントロールされていたからオリジナルの料理を作ることを許されなかった。例えばボルシチにはこの食材を入れること、と全て決められていたんだ。人々にとって“食”は楽しみではなかったんだよね。「食堂」にくる理由は、“食の楽しみ”ではなく人と交流するためだった。
およそ75年間つづいたそのシステムが91年に崩壊してから、人々はレストランに“食の楽しみ”を求めてくるようになった。
“食を楽しみながら人と交流する”それを僕はロシアでよりたくさんの人に体験してもらいたいと思っているんだよ。
インタビュー中、ロシアの歴史に関して何度も示唆していたムヒン氏。
一度失われた食文化を熱心に探り、本来のロシアの味を見いだし、そこにムヒン氏の理解を加えて彼の皿は完成する。“食”へ誠実に向き合う彼の姿は、芸術家でもあり哲学者のようにも見受けられた。
Profile:
Vladimir Mukhin ウラジーミル・ムーヒン
1983年ロシア エッセントゥキ生まれ
モスクワ「White Rabbit」2019 World’s 50 Best Restaurants 13位
ロシア料理界に革命をもたらし、Netflixの人気ドキュメンタリー「Chef’s Table」でも取り上げられた若干36歳の天才シェフ、ウラジミール・ムヒン氏。国内外でその名を知られる彼は、モダンロシアンキュイジーンのパイオニアであり、現在のロシアを代表するシェフである。
モスクワの16階建ての高層ビルの最上部にある彼のレストラン「White Rabbit」は、The World’s 50 Best Restaurants にロシアで唯一リストされ、世界中の料理愛好家の注目を集めている。
料理人の家系に育ち、ウラジミール氏は5代目となる。ソビエト時代は、スターリンが承認した1939年の料理本「おいしくて健康な食べ物の本」以外から料理することは違法であり、創造性を発揮することは許されていなかった。ソビエト連邦が解体したとき、ウラジミール氏の父は自らの手でレストランを再建し、町でソビエト後初のレストランを開いた。ウラジミール氏は12歳になったとき、父親のレストランで料理のキャリアを始め、そこで基本的な技術と伝統的なロシア料理の作り方を学んだ。そして2004年にモスクワのプレハノフ経済大学を卒業後フランスに渡り、「フレンチの神様」とも称されるジュエル・ロブション氏の元で働いた。他にも老舗レストランLa Barone(フランス)、El Celler de Can Roca(スペイン)、Can Gobany(スペイン)などでインターンシップを行った。その後ロシアに戻り、2012年に「White Rabbit」の料理長に就任。ウラジミール氏のロシア料理の再構築の旅が始まった。
ウラジミール氏は、ロシアの様々な地域を探索しながら、ユニークな知識、技術、材料、レシピを収集し「モダンロシア料理」と呼ばれる新しい美食ムーブメントを生み出した。彼の使う食材のほとんどがロシアのものであり、それは彼のレストランの哲学の一部でもある。そのおかげで国が外国農畜産物の禁輸措置を敷いた後も安定して良い食材を入手することができた。ウラジミール氏は自らも農場を始め、今では葉物野菜から根菜、果物まですべてを育て、自分達の家畜からチーズを作っている。 最近は、ピノ・ノワール、シャルドネといったレストラン専用のワインのためのブドウも栽培している。
彼のメニューには、ボルシチ、ウサギのパテ、スターレットスープ、黒パンなどのなどの古典的なロシア料理があるが、そこに予想外の材料(桜の木、白樺の木、タンポポなど)と創造的な皿(貝殻から石板まであらゆる素材)を使って、モダンなひねりが加えられている。見た目にはモダン、でも目を閉じて食べるとおばあさんが作ってくれた料理のような懐かしさを感じられる料理を彼は目指している。
ウラジミール氏が嫌うマヨネーズは、ソビエト時代の永続的なシンボルの1つであり、カロリーが豊富なこのスプレッドは、ソビエト政府の命令により大量生産され、家庭や画一的なストロボヤ(カフェテリア)で可能な限り使用されていた。ソビエトの食料は標準化され、高級料理はブルジョアとして軽蔑された。しかし、1917年の革命前のロシアはチョウザメ、蜂蜜酒、薪で焼いた野菜のパイ、チーズなどで知られていた。料理は脂っこいわけでも、均一なものでもなかった。今日、この国にその歴史は戻ってきている。
ウラジミール氏は自らの仕事を「ロシア料理が存在することを人々に示すこと」だと言う。料理に対する彼の驚くべきアプローチと個性は、今世界中でロシア料理の認識を変えつつある。