Q5月20日公開の「TOKYOデシベル」で監督をされましたよね。松岡充さんが主演、SUGIZOさんが音楽監督を務めるという豪華な作品ですが、なによりもストーリーがとてもユニークですよね。東京の色んな音を採取して、地図を作るという…原作は何年も昔に書かれたそうですが、そのアイデアはどうやって生まれたのでしょうか。
Aそもそものアイデアはちょうど物書きを始めた30年ほど前に“音の三部作”のような小説を書きたくて、「グラスウールの城」、「パッサジオ」、そして「音の地図」という3つの構想を練っていたんです。ちょうど集英社で書き始めていた頃ですね…音をテーマにした作品を通して、自分の小説家としての存在を確立させたいなと思っていた時期があったんです。深夜の東京、新宿の近くだったんですけど、窓を開けて遠くを見ていたらサーっと波の打ち寄せる音が聞こえてきたんですよ。「なんだろう」と思って見てみたら“高速道路を通過する自動車の通り過ぎる音”にエコーがかかって、打ち寄せる波みたいな音となってビルの狭間まで届いてきたんです。「これが東京の音だ!かっこいいな」って思って。 その当時はNYやロンドンなど世界中の都市に行って、レコーディングをしていたのですが、改めて「東京ってロンドンにも負けないスタイリッシュなかっこよさがあるな」と気がつくことができたんです。 それで、「この波の音みたいな音がする東京の小説を書けばいいんじゃないか」と思ったんです。“東京の音の地図”を作る男の話なんていいなって、どんどん構想を膨らませて…という感じです。 僕はその頃、「エコーズ」というバンドを辞め、作家になった直後の野心的な時期で、音楽と執筆の他に映画監督もやりたかったんです。
Q創造意欲に溢れているんですね。
A子供の頃に映画監督と作家とミュージシャンになりたいと決めていたので、それをその時期に全部やったんです。バンドは1985年に「エコーズ」をスタートし、作家としては1989年に処女小説「ピアニシモ」。映画監督は1995年に初めて自主映画を撮ったんです。だいたい5年ごとに一つずつやりたかったことを実現していったんですよね。 その小説活動の中で、先ほど話した「音の地図」をテーマにした「アンチノイズ」を書いたんですけれど、内容がとても“映像的”だと思ったので、「いつかこの作品を“東京を舞台にした映画”にしたいな」と朧げに思っていたんです。でもなかなかタイミングがなくて…そうしているうちに「海峡の光」で芥川賞を受賞したりと、色々と忙しくなって。その後、しばらく時を経て、2004年からフランスで暮らし始めたのですが、フランスの出版社からこの小説(アンチノイズ)が出ることになったんです。でもタイトルがフランスに合わないということで、改題をして「TOKYOデシベル」になるんです。その時にこれをパリで映画化しないかって話もあったんですけれど、やっぱりパリじゃなくてTOKYOを舞台にしたかったので、自分でやるしかない!って感じで(笑)。そこからコツコツ頑張って、ようやく今年公開できることになったんです。
Qということは20年越しの作品をようやく世に出せるということなんですね!
Aそう考えたら長いですね。やりたかったという気持ちだけでここまで来たんですけどね。
Q主役に松岡さんというのも興味深いですね。音楽畑の方ですものね。
A自分の分身みたいな人に芝居をしてもらいたいという気持ちと、舞台のお仕事を一緒にしたこともある松岡くんの存在が気にかかって…お願いすることしました。今回、安達祐実さんと友情出演の坂上忍さん以外は、俳優出身の人はキャスティングしていないんです。松岡さん然り、安倍なつみさんや、長井秀和さんなど、音楽やコメディ出身の方々にお願いしています。役柄のイメージに合っているということを優先したらこうなったんですね。僕も最初の職業は音楽ですし、音にこだわる人たちが作った映画と言えますね。
Q東京中を録音されたんですよね。
Aはい、東京中で録音しました。東京の地下、ビルの屋上、飛行場、高速の下を、建物の中、あらゆる場所を録りましたね。普通映画では撮影部が花形なんですけれど、今回は録音部が一番イキイキしてましたね。録音部のための映画と言ってもおかしくない(笑)。これはぜひ劇場でご覧になっていただいて、我々の「音」を5.1チャンネルのスピーカーで味わって欲しいですね。
Q子どものときにやりたかったことを全て実現出来るなんて本当にすごいです。
A実現したことがすごいんじゃなくて、“続けることが大事”なんです。夢は誰でも持つことができて、本だってCDだって出版なら誰だって出せるし、映画はちょっとお金がかかるけど、デジタルの世界だから素人でも編集できるんです。やろうと思えばなんでも出来る時代なんです。コンサートだってちょっと練習すれば出来るんですよ。でもこれを何年も継続していくのは大変ですし、だからこそ一番大事だと思いますね。
Qなるほど、言葉の重みをひしひしと感じます。この雑誌は“人生の冒険”をテーマにしていて、まず夢ややりたいことを持って、それを無我夢中で追いかけようっていうメッセージを発信してきているんです。
AだからADVENTURE KINGなんだ。良いコンセプトですよね。今の若い人達って日本から出ない方が多いのか、パリで見かけるアジア人はだいたい中国人、韓国人やベトナム系なんです。僕がパリに移り住んだ15年ほど前はまだ日本の学生とか、ワーキングホリデーで来ている方々が多かったんだけどね、今はアジアの他の国々の方が圧倒的に多い。これだと日本の将来が不安だなと思っちゃいますね。「日本もっと頑張れ」という気持ちはあります。 世界へ出て行くというのは最低限当たり前であってほしいなと僕自身が思っているので。世界へでていくことなんて二の足を踏むことじゃないし、テロに関しても全然怖がる必要はないんじゃないかな。みんなに「テロ大変ですか」って聞かれるけれど、それを言ったら地震大国の日本のほうを心配したくなる。世界中、いつどこでなにがあるか分からない、でもどんどん世界へ出て行くべきなんです。冒険をしないと人間が大きくならないし、クリエイティブなものは見つけられないと思うんですよね。
Q海外へ出ると、日本での自分の生活を客観的に見つめられますしね。失敗は成功の糧と言われますが、でも失敗が怖くてなかなかチャレンジが出来ない人もいると思うんです。冒険に対して二の足を踏んでしまう状況…これをどう思われますか。
A僕は「負けていいんだ」って考え方を持っているんです。勝とうと思う必要はないんです。でも、負けても挫けてもいいけど「すぐ立ち直れ」って。「不屈」って言葉が大好なんです。簡単だけどとても良いおまじないなんですよ。「今日はもう休んでいい、でも明日の朝には立ち直れ!」って自分に言い聞かせるんです。切り替える力を自分で持てば、苦しいことが過去になってしまうんですよ。過ぎてしまえば過去なんですから。人生には嫌なことや辛いことが次々に降りかかってくるけれど、転んだらすぐに立ち直る、その連続です。「グズグズするな、次の目標に向かって舵をとれ」って自分に言い聞かせる。辛いことをウジウジ悩んでいても何にも出来ないですからね。 人生を人と比較する必要はなくて、自分が未経験のことに挑戦をしてそれが出来たら、それは自分の新記録なんですよね。その人の人生をその人が毎日更新して、新記録作っているわけで、そう考えたら、みんなの人生それぞれが奇跡の連続なんだから。その中で最大限のことをもっとやってみて、それでくじけたらもうしょうがないですよ。寝て起きて、そして前進。そうすればまた記録は伸びるんですよ。諦めたときに全ては終わるんです。諦めるのはすごく簡単ですから。諦めるってことは自分が決めることで、人が決めることじゃないし、意地さえあれば続けられるのでね。 僕はたぶんそのようにやってきたんだと思います。そして、こうやってインタビューに答えながら、再度、自分に言い聞かせてるんですよ(笑)。
Q最後に読者にメッセージをお願いします。
A考える前に始めたらいいんじゃないかなと思いますね。躊躇は年を召した人がやることで、若人は躊躇したらいけないと思うんです。若者よ、クレイジーであれ、と。僕は今57歳なんですが、まだ野心もあるし、夢もいっぱい持っているし、10代の頃と何も変わってないんですよ。そういう大人もいる。でも、そういう人たちのことを同世代の大人たちは「変なやつ」と思うんですよね。しかし、若い連中は「面白い人」だと思ってくれる。そして、僕はそういう大人たちに小さい頃憧れていたんです。人にバカにされようが、変わっている方が絶対にかっこいいですよ。周囲と同じであることほどダサいことはない。人と違うことをやることによって、自分の個性が生まれる。 もし今自分が人と同じものを着ているんだったら変えてみたらいいですよ。“自分は違う”ということをアピールすることで、人は個性や発想力が生まれてくるものですしね。この雑誌は若い人方が読者ですよね、そうであれば、「今はガンガンやれ」ってお伝えしたいですね。そして「俺に会いにくればいい」って思います。
Qどこへいったら辻さんにお会いできるんでしょうか。
A今年、日本経済大学の教授をやることになり、そこに開かれた研究室を作ろうと思っています。日経大の学生じゃなくても、誰でもウェルカムな、一般に公開した研究室です。そこに来てもらえれば、僕がこうやって喋るよ、ってね(笑)。大学だったらオープンキャンパスみたいな感じで学生たちと向き合える。 あとは僕が昨年始めたWEBマガジン、「デザインストーリーズ」というものがあって、それもADVENTURE KINGと似たようなコンセプトなんです。それも読んで戴けたらと思いますね。世界に出ている日本人がコントリビュートしているのですが、「日本の人たちにもっと冒険しようよ」っていうのを伝えたくて開設したサイトなんです。「みんな冒険心忘れてない?」って問いかけたくて。閉塞感がある世の中、そんなんじゃ面白くないし、ファッションでも文化でも、なんでも語るときって、やっぱり外(海外)に出て戦う感じみたいなものがあった方がいいんじゃないって。その方が絶対人生面白いから。一生冒険したいし、僕を通してそういう意気込みを伝えていきたいと思っているんです。
Profile : 辻 仁成 東京都生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で 芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」 で、仏フェミナ 賞・外国小説賞を日本人として唯一受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に『太陽待ち』 『サヨナライツカ』『右岸』『永遠者』『不屈』など多数。詩人・ミュージシャン・映画監督・演出家としても活躍。現在は活動拠点をフランスに置き、創作に取り組む。
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