INTERVIEW

INTERVIEW DAI TAMESUE

~為末大、限界の向こうへ~
日本を制し、世界へ羽ばたいた為末大。
陸上という孤独な競技を通して自問自答してきた彼が今見つめているものとは…

Q陸上を始められたきっかけは?

A始めたのは8歳くらいのときですね。元々足が速かったので、なんとなく陸上をやってみたいな、と。姉が陸上クラブに入っていて、僕も追っかけてクラブに入ってっていうのが一番最初ですね。

Qそれから引退される2012年までずっと陸上を?

Aそうですね、25年くらいやりましたね。

Q四半世紀!

Aそうですね(笑)。ずいぶん長くやりましたね。僕、陸上でもやってないとあんまり外に出て行くっていう性格でもなかったんです。広島で一生を終えたいと思っていたのが「どうも陸上にいい大学って東京にしかない」ってことで東京に行くことになって。それで日本一になっちゃったので、じゃぁ世界だって世界へ出て行って。陸上があったおかげもあって活動範囲がどんどん広がったっていうのはありますけどね。

Qやめたいと思ったことはなかったんですか?

Aそれはあんまりありませんでしたね。しんどいなって思ったこととか、スランプに入ったことはありましたけど、あんまりやめたいなとは思わずにやっていましたね。

Qそれで引退されたあとは本を書かれたりとか。

Aそうですね、引退したあとって僕に限らずスポーツやっている人はだいたいスポーツしかできないって思いながらやっていると思うんですよね。
でも僕は23歳くらいのときに一度会社に入ったことがあって、そこで優秀だって評価を頂いたんですね。それまでは学校で勉強するのが大事だって思っていたんですが、会社では交渉したりとかコミュニケーションの部分に重きを置かれていたので「あぁ社会にでるとこういう戦い方なんだ」って。そういうのに気がつけたことが一つの大きな発見でした。その頃からぼんやりと「現役を引退したらその後も何かできるんじゃないか。別の戦いに参戦できるんじゃないか」って思うようになって。その後会社をやめたんですけど、ずっとそのことを考えつつ生きて来て…その後起業とか社会にインパクトを与えることができたらって思うようになったんです。
競技における目覚めと、引退後の目覚め、それが僕の転機でしたね。

Qよく情報番組でも拝見していますが、為末さんのコメントがとても納得ができるというか、他のスポーツ選手の方とは一線を画したコメントだなと思っていたんです。その哲学というかどうやって育んできたんですか。

Aそうですかね、もしそうだとしたら元々そういう素養がちょっとあったのかなって思うんですけど、とはいえ母親に聞いたら「そうでもない」っていうんで(笑)。ということは現役中に何かあったと思うんですよね。ひとつは陸上競技って、ずっと一人でやる競技なのでそれもあるのかも知れない。特に僕は18歳くらいからコーチをつけずにトレーニングをしてきて、22歳くらいからは本当に一人でやってきたので。だんだん自分に対して「なぜ走るんだろう」とか聞くようになったんでしょうね。それで色々考えていくってことをやり始めて。自分とか人の心とか、人間ということに興味がわいてきて。それを考えていったっていうことと、それとちょっとずつ社会にも興味がわいてきて。「自分が考えていることを社会に応用させるとどうなるのか」とか、そんなのが影響しているかも知れないですけどね。

Qどうしてコーチをつけないで練習を始めたんですか?

A高校生のときに、自分の練習メニューをコーチが考えて、それを自分がやって、その結果が出る出ないっていうのを、またコーチが判断して…っていうことをしていたんですね。だんだん「コーチ側」が面白く見えちゃって。

Qコーチのほうをですか。

Aそう、マネジメントサイドじゃないですか、コーチって。だから自分でそれもやっちゃえって。

Q一人二役?

Aそうそう、最初は大分失敗もしましたけどね。でもやってみたいって気持ちが大きかったですね。

Q今も育成はされているんですか?

A今はやってないですね。ここ(為末の事務所)って会社が3つほどおいてある、ちっちゃなシェアオフィスになっているんです。「スポーツで起業したいって人とか引退後の選手が集まる場所があればいいな」って思って始めたんですね。それで今ちっちゃな会社として集まっていてやろうとしているんですけど。そういう点ではなんかそういうコーチの方がむいているかもしれないです。まだ僕は経営としてのコーチの経験はないですけど、彼らと一緒に考えたりはできるので。引退して、競技のコーチをやる人は多いですけど、僕は事業のコーチというか、一緒に何かプロジェクトを進めていくことで手伝っていくやり方がしたいなって。自分自身の会社もやっていくっていう目的ももちろんあるんですけど。

Q引退してからすぐに会社を?

Aそうですね、現役中に会社自体はあったんですけど、実際に動かしたのは引退して半年くらいしてからですね。

Q会社のヴィジョンを教えてください。

A事業自体がまだはっきりとは決まっていないんですが、今やっていることとしては、引退した選手たちがスポーツでの起業をしてできればそこに対して出資をするとかアドバイスで関わっていってっていうことができたらと。
スポーツの世界って、産業面とか事業面ではまだまだ発達していないんですね、だから僕はそういうものをスポーツ界から起こしていくっていうのをやっていきたいんです。協会とかに入るのも結構大変なんですよ。特に僕は好き勝手言い過ぎてどちらかというと嫌われてるし(笑)。
どっちかっていうと市場のほうからやっていきたいって思っているんです。大きな読みとしては、今後高齢化が絶対に大きな問題になってくるんですよね。中国も韓国もこれからどんどん高齢化で追っかけてくるし、アジアもヨーロッパもそうなんですけど。だから高齢者の方々がスポーツで健康になっていくっていうモデルが作れないかなって思っていて。そうすると、日本の医療費の抑制にもつながるし、世界にも出て行ける可能性のある領域なんじゃないかなって思うのでやってみたいんです。今はまだ手を付け始めたとこですけど、ヴィジョンとしてはそういう感じです。スポーツで社会をよくしていきたいっていうのが大きなヴィジョンですかね。

Qそういう事業に取り組みつつ、講演もしつつ。

Aそうですね、会社の売り上げとしては今は講演などが多いんですけどね。少しずつ事業が育っていけばいいなと思っていますね。

Q忙しいですね。

Aまぁ、ばたばたしながら(笑)。——日本中を旅されているんですか?そうですね、講演で呼ばれるときはいろんなとこにいくことが多いので。あまり定住がすきじゃないんでしょうね。練習場所も色々とかえてましたし。サンディエゴに3年くらいいたりとかオランダのデンハーブってとこでもやっていたこともあるし。なんかそういうのが好きなんでしょうね。

Q語学は特に勉強されたんですか?

Aいや、してないですね。だから今、勉強したりしていますけど。僕の場合順番が逆で、喋るところからはいっちゃったんで、何となくふわっとした会話は得意なんですけど、文法をしっかり作っていくっていうのは得意じゃなくて。

Qビジネス文書みたいな?

Aそうそう、そうですね。それを今やってますね。まぁでもコミュニケーションをとるのは重要ですしね。

Q為末さんの一番の冒険ってなんでしたか?

A一つ大きかったのは22歳くらいの時に陸上の試合にでるため初めて海外に一人でいったんですね。僕らの世代はバックパッカーって多かったんですけど、僕はそれまでそんな感じじゃなかったんで。だから行くまでは「どうしよう」って思いがあったんですけど、行ってみたらどうってことなくて。その後は国内、海外という隔たりがなくなって必要であれば行くっていう感じになったんですよね。”踏み出すまでの一歩”が一番怖いっていうのはなんとなくわかりましたね。

Qそのときはどちらに行かれました。

A僕の場合は「陸上」という目的があっからいったんですけど、一つはクロアチアのザグレブって場所です。陸上でもないとなかなか行かない場所ですね。もう一つはイタリアのカオレルってとこにいったんですけど、こちらもメジャーではないところですよね(笑)。でも僕にとってよかったのは、陸上って他のスポーツと違って自分でチケットを取って現地にいって交渉して…という風に、全て自分でやるしかなかった点ですね。冒険ですよね。

Qそれって陸上協会がアレンジしてくれたりせずに全て自分でやったんですか?

Aそうですね、当時はあんまりそんなシステムはなくて…今もないのかもしれないですけど。それで自分でやったっていうのもあって、それは後々よかったですね。いま考えると。

Qなるほど。ところで今後挑戦してみたい冒険ってありますか?

Aバイクで世界一周をやってみたいんですよ!しばらくは無理かもしれないけど将来ぜひやってみたいなっていう私的な冒険。仕事でいうと、やっぱり引退した選手でやったことのないことをやってみたいなって。引退してコーチになって次のスター選手をつくるっていうのは、結構スポーツ選手たちが挑むところなので、そうじゃなくて今までやったことのないようなことをやってみたいなっていうのがありまして。今は事業をやっていますけど、もしかしたら、いつか研究に入っているかもしれないし。
競技者として引退後の人生でやったことのないことをやってみたいっていうのはありますね。もう一つは認知心理っていう研究を始めるんですけど。心理学みたいなもんなんですね。それは自分に対しての研究で、”自分感”というか人間の心に対して掘り下げていくというか。「自分を理解する旅」みたいな、僕の一番のアドベンチャーっていうのはここなんです最近は研究が進んでちょっとずつ面白いことがわかってきているんです。

Qそれってどういうことをするんですか

Aいろんな研究がありますよ。例えば”限界の研究”っていうのがあって、スポーツの限界って十進法っていうのに縛られていることが多いんですよ。一言でいうと10秒00で記録が止まることが多いんですよね。でも理屈でいうと10秒05も9秒95も10秒00とは大してかわらないじゃないですか。
僕らって10秒とか1分とか、キリがいい数字を意識することで、本当にそこでパフォーマンスが止まっちゃうんですよね。だから「自分たちの限界はいったい何が決めているのか」っていうことの研究が最近なされてきていて。
誰かがそれをクリアすると、その他の人たちもそれをクリアできちゃったりするもんなので。僕らみたいな陸上は単純な競技なので限界まで走ったら「これはもう限界でしょ」って思うんですけど、でも心理的なブロックというか認識が限界を止めていて…っていうようなそういう研究ですね。

Q興味深い! 人間が全ての数字や尺度、決められた型から解放されたときに、どうなるのかって見てみたいですよね。

A面白いですね。ピラパンって本があるんですよね。それって言語が文法をなしていない言語なんですよ。僕も数冊しか読んでいないんですけど、その言語って、向こうとかこっちっていう認識はあるんですけど、前も後ろもないくらい解放されているんですよ。つまり僕らって言語にも数字にも縛られている部分があるってことなんです。
例えば「○○時だから何しなきゃ」って僕たちの行動って常に時間に支配されてますよね。そういうものに僕はすごく興味があるんです。

Q大半の人ってそうですよね。もう30歳だから落ち着こうとか40歳だからこうしなきゃって年齢にも縛られていますけど、人の時の流れってそれぞれ成長の流れも違うはずですし…。面白いですね。

A面白いんですよ。もしかしたら性別に対してもゲイとかそういうもの自体が我々の思い込みの中から生まれているものかもしれない。こっちからこっちがゲイで、こっちからこっちは違うっていう見方がありますけど、その間ってもっとグラデーションなんじゃないかなって。
そういう研究に興味がありますね。

Qそれっていま世界的に少しずつ研究されているところなんですか?

Aちょっとずつそういう研究に入ってきているところです。ロボットの研究においても、孫さんが先日発表したペッパーというのがあるんですけど、あれもかなり認知心理と近いてんがあって、感情ってどういうところから生まれてきているのかっていうことを考えるときに、ロボットにも応用されて。
一方でゲームとか携帯とかPCとかの世界においても、認知心理が応用されているようで。カーソルの動きとか、配色をどうしたらユーザが興味を持つのかっていう部分。アフォーダンスというのにも入ってきて。いろんな世界が、今「人の心とか心理」とかの部分に入ってきている。

Qそれを完全に理解したらビジネスが相当上手くいきそうな感じですよね。

Aあぁそうかもしれないですね。認知心理の一番初期は、サブリミナル効果なんですよ。

Qあぁサブリミナル効果、知ってます!そうだったんですか!

Aはい、「人はたくさんみたものを好きになる」っていう傾向があるんじゃないかっていうところから始まった研究なんです。
今の広告もそれを応用していて。エンブレムをたくさんみたら人は愛着が沸くっていう心理学の基本的な研究をベースにしているんです。だから企業はエンブレムをたくさんみせようとするんですよ。「たくさん見る」の上位概念で、イメージというものが出てきて。「トヨタやフェラーリがかっこいい」っていうようなイメージを入れていくんです。でもまずそもそも愛着を持つためにはたくさんみるしか方法がないって言われていて。だから結構広告の世界と近いですよ、認知心理は。ブランディングの考え方などと近い部分にあります。

Qそうですね、面白そうですね〜!どこで学んでるんですか。

A僕は東大の先端研ってとこでやっているんですけど、でも本はね、サブリミナルマインドって本があるんですけど、それ面白いので読んでみてください。もう一つはね、「単純な脳、ふくざつな私って本があって、それも面白いです。脳科学と認知心理って近いんですよね。結構。

Q常に冒険を続ける為末さんからこの雑誌の読者に対してメッセージを!

AStay Foolish, Stay Hungryじゃないですかね(笑)。
やっぱり僕らは限界の話じゃないですけど、「一マイル4分」っていう言葉があって、1600Mなんですよね、一マイルって。1600Mを4分切れないって時代があって。9年くらいの間、みんな挑むけれど誰も破れなかったんです。でも最後の最後、イギリス人のファックスターってやつが破るんですね、その壁を。それを破ったんだっていうニュースが世界中に広がったあとに、次の年に23人が4分をきったんです。だから自分にはできないとか、自分はこんなもんだって思っているのは、案外そんなもんで。一回破っちゃったら破れるもんなんだから、そういう点では、チャレンジをしましょうと!
今の自分が考える限界と、チャレンジしたあとの自分が考える限界って、全然違うものなんで。まぁ「とにかくやってみなはれ!」って感じですかね(笑)