OVERSEAS

Gastronomy in Madrid Vol.5

マドリードのガストロノミーの未来

「新世代による表現と土地への応答 」

マドリードの食文化は、伝統が確固たる基盤として存在する一方で、新たな表現を追求する若い世代が存在感を高めている。革新は単なる技巧や流行ではなく、深い旅の経験や異文化との対話、そして自らの背景への誠実な回帰から生まれている。今回取り上げる二つのレストランは、まさにその潮流を体現する存在といえよう。

Photo, text: Makiko Yamamoto

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Emi Madrid

伝統を現代に紡ぐ、熟練の技

Chamberí地区に2025年夏にオープンしたEMiは、シェフ Rubén Hernández Mosqueroというひとりの料理人の旅と感性が結晶したレストランだ。Mosqueroはエストレマドゥーラ出身の料理人で、ここ数年で急速に注目を集める存在だ。彼はキャリアの大部分を北欧のNoma(コペンハーゲン)、Geranium(同じくコペンハーゲン)、Azurmendi(スペイン・バスク)、Minibar by José Andrés(ワシントン)、Atomix(ニューヨーク)といった世界屈指の厨房で過ごし、その技術と感覚を自らの言語として積み上げてきた。

EMiの名前は、シェフ自身の兄Emilioへのオマージュに由来する。家族と自身のルーツを深く意識する彼は、「誰のためでもなく、自分の料理を作る場所」を目指し、14品のテイスティングメニューを提供している。ミシュランガイド2026では一つ星を獲得し、マドリードの新たな革新的レストランとして高い評価を得ている。

料理は、北欧やアジアで培ったテクニックとスペインの素材が交錯する表現だ。例えば、ガリシア産の昆布(アルガス)を用いた一皿や、 Iberico(イベリコ) の特定部位を巧みに取り入れたプレゼンテーションなど、素材と背景を深く結びつける設計が見られる。また、甘味や酸味のレイヤー、温度差の操作、発酵やエマルションの制御など、精緻な技術を根底にしながらも感覚的で身体に迫る料理が続く。

EMiの成功は、単に世界の名だたるキュイジーヌをなぞるのではなく、個人的な旅の蓄積を料理言語として再構成したことにある。都市のガストロノミーは、もはや単一のスタイルで語られるものではなく、個と世界の相互作用として表現されるべきだという明確なメッセージをここに見ることができる。

La Casa de Manolo Franco

郊外のフィールドから生まれる、物語としての料理

マドリード中心部から車で約1時間の街、ValdemorilloにあるLa Casa de Manolo Francoは、自然と土地の表現の可能性を問い続けるレストランである。シェフのManu Francoは、もともとジャーナリストとしてFormula 1レースの取材に携わっていた経歴を持つという異色の経歴の持ち主だ。そして故郷であったこの地に戻り、家族が営んでいた元々のバルを再構築する形で料理の道へ転じたという。

その物語性こそが、La Casa de Manolo Francoを語るうえでの核である。彼の料理は、郊外の自然(シエラ・デ・グアダラマ山麓)の素材を中心に、羊やイベリコの肉、そこに生育するタイムやラベンダーといった香草を取り入れて構成される。料理の根底には、土地と季節の変化をあるがままに皿へ落とし込むという哲学がある。

ミシュランガイド2026においてもこの店は一つ星を獲得しており、都市から離れた地だからこその「場所性」を料理に昇華した価値が認められている。

代表的な一皿のひとつには、地元Valdemorilloの羊を使ったリゾット風の料理がある。ラベンダーの香りとともに立ち上るこの皿は、彼の幼少期の思い出が反映されており、同じくシェフであった父親が作ってくれたリゾットに着想を得ているのだと本人が語ってくれた。郊外の時間感覚とガストロノミーとの共振を感じさせ、自然由来の風味と緻密な技術が、絶妙なバランスで調和したシグネチャーディッシュだ。

Manu Francoの背景は、単なる料理人ではなく、取材者として世界を見つめてきた視線が料理にも反映されている点で興味深い。食材や景色、地域社会、そして自身の物語が料理のテクスチャーや味覚構造へと変換され、強烈な現場感を持つ。そこに「都市的な料理観」とは異なる、場所固有の詩情とリアリティがある。

EMiとLa Casa de Manolo Francoは、一見すると対照的な存在に見える。ひとつは世界の名厨房で鍛えられた視座を持ち込み、都市の中心で洗練された表現を示す。もうひとつは、郊外というフィールドで素材と記憶をつなぎ直す。しかし、共通するのは、ガストロノミーを単なる味覚の組み合わせとしてではなく、物語と場所性として再構築するという姿勢。

マドリードのガストロノミーの未来は、料理人の個的な経験と土地への応答が交差したところにある。都市でも郊外でも、そこに流れる時間と背景こそが、次の食の表現を牽引していくのだ。

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