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Gastronomy in Madrid Vol.3

グラスの中にも存在するマドリードのガストロノミー

マドリードの都市景観を味わい尽くすには、ただレストランを巡るだけでは足りない。夜の帳が下りる頃、街は別の表情を見せる。食事の余韻を携え、バーのカウンターに腰を落ち着けるとき、都市のガストロノミーはワインやカクテルという新たな言語に置き換わる。今回の取材では、市内を代表する個性豊かな4つのバーを訪れ、その空間、思想、ドリンク体験を紡いだ。

Photo, text: Makiko Yamamoto

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The Library Wine Boutique & Cuisine

革新的なワイン体験と社交空間の融合

サラマンカ地区のプラド通り沿いに佇むこの新鋭スポットは、ワインの文化を多層的に体験させる場として設計されている。エントランスを抜けると、まず目に飛び込んでくるのは数千本に及ぶワインセレクション。ソムリエが手掛けるワインリストは、赤・白・ロゼ・スパークリング・甘口・フォーティファイドまで幅広く、約80種のグラスワインを揃える。

バー部分はソーシャルな社交空間として計算されており、ワインとそれに寄り添うイベリコハムやスペイン産チーズなどのデリカシーが共鳴するように設計されている。ワインはただ飲む対象ではなく、会話と共に味わいを深めるための媒体として位置付けられていると感じられる。下階のプライベートクラブでは、希少なワインや作り手を招いたイベントも不定期で開催されており、都市のナイトカルチャーとワイン文化の橋渡しをしている。

1862 Dry Bar

クラシックカクテルの伝統と居心地の良さ

中心部の細い通りに佇む1862 Dry Barは、クラシックカクテルの伝統を押し出すバーとして知られる。バーカウンターの背後に整然と並ぶボトル群は、時代を超えて愛されてきたカクテルの系譜を語る。訪れた夜も、赤い照明が落ち着いた空間を柔らかく照らし、初めてでも自然と肩の力が抜ける居心地の良さがあった。

ここでは、マルガリータやパロマといった定番に加え、バーボンやアマーロを用いたシェイクドカクテルなど、クラシックの理解に基づいた一杯を楽しめる。

オーナーのアルベルト・マルティネスは元エンジニアだがカクテルに魅了されて当バーをオープン。このビルが1862年に建てられ、ここでジェリー・トーマスの最初のカクテル本が出版されたことに敬意を表し店名に引用したのだそう。スピークイージーなムードの中、歴史に思いを馳せる特別なひとときが約束される。

Vinoteca En Copa de Balón – La Casita

ワイン愛好家とミクソロジストをつなぐハブ

サラマンカ地区でも特に洗練されたワインバー&ワインクラブ。ここでは、スペイン各地のワインを中心に、丁寧にキュレーションされたリストをグラスやボトルで楽しむことができる。昼間はワインショップとしても機能し、選んだワインをそのまま店内で開けることも可能だ。店内は落ち着いた照明と木の質感で統一され、ワインのアロマが立ち上る空間は、歴史深いマドリードそのものを体現しているよう。

マドリードでは、ワインは日常の延長にある。
食事の前、人々は白ワインにベルムースを少量加えた一杯をアペリティフとして楽しむ。

冷やした白に、ほろ苦さとハーブの香りを添えるだけ。特別な作法はなく、市場のカウンターでも近所のバルでも自然に交わされる。甘味、苦味、酸味が穏やかに重なり、食欲を静かに整える。

構えず、急がず、会話とともに味わう…ベルムース入りの白ワインは、マドリードを訪れたら必ず体験して欲しい。

Devil’s Cut

モダン・ミクソロジーと文化の交差点

ラス・レトラス地区の路地奥に現れるDevil’s Cutは、国際的な mixology シーンで注目を集める一軒である。日本のミクソロジーの旗手として知られる後閑 信吾の監修によるカクテルは、伝統的な技法と現代的な感性を結合し、Jerez(シェリー)を巧みに取り入れた創造的な一杯を展開する。

カウンターでは、ウェルカムドリンクとしてシェリーを提供し、続くカクテルはバーボンとイベリコ素材を融合した「Jamón Ibérico Fashioned」、あるいはシェリーを使ったハイボールなど、地元文化とミクソロジーを結びつける創作が並ぶ。
フードメニューにも和のエッセンスが散りばめられ、バーテンダーとゲストの距離感は心地よく、国際的なバー文化の進化を現地で体現させる。

マドリードのバーシーンは、単なる「飲む場所」の集合体ではない。ワインと会話を主軸に据える場、クラシックとモダンが交差するカクテルカウンター、そして文化的背景を内包したミクソロジー。それぞれの空間が、都市の歴史と今を映し出す鏡となっている。夜のマドリードは、グラスを傾けるたびに新たな表情を見せる。それはまさに、都市の延長線上にあるガストロノミーの完成形なのである。

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