INTERVIEW

Edouard Cossy

Laurent-Perrier Grand Siècle Global Director

ラグジュアリー・シャンパーニュの象徴として、世界の美食家やワイン愛好家たちを魅了し続けるローラン・ペリエ。その象徴とも言えるキュヴェ「グラン シエクル」は、単一ヴィンテージに縛られることなく、最高の年を重ね合わせて創り出される“完璧な年”の追求から生まれた唯一無二の存在だ。その核心には、革新と完璧を追い求めるひとりの“冒険家”の精神が息づいている。今回、ローラン・ペリエ グラン シエクル グローバル ディレクターのエドゥアール・コッシー氏を訪ね、シャンパーニュ地方のエステートにて、その哲学と美学のすべてを紐解いた。

Text, interview: Makiko Yamamoto
PHoto: Yusuke Kinaka

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アペリティフの復権──ベルナール・ドゥ・ノナンクールの先見性

ローラン・ペリエの近代的スタイルを築いたのは、1949年に家業を継いだベルナール・ドゥ・ノナンクール氏だった。当時わずか28歳で家業を引き継いだベルナール・ドゥ・ノナンクール氏は、シャンパーニュ業界に新たな光をもたらした存在だ。50年代当時、甘口のデザートワインとして親しまれていたシャンパンを、再び食前酒としての地位へ押し上げたのは彼の功績による。「彼は革新の人でした。そして、彼が求めたのは、フレッシュで軽やかで、エレガントなシャンパン。シャルドネを主体に、シャンパンの新たな“スタイル”を構築したのです」とエドゥアール氏は語る。シャルドネを主軸とすることで、従来の重厚なシャンパンとは一線を画す味わいを生み出したのだ。

シャンパン界の異端児──グラン シエクルの誕生

ベルナール・ドゥ・ノナンクールは、“完璧なヴィンテージ”を創造するという、かつてない試みに挑んだ。シャンパンにおける多くのプレステージ・キュヴェは、単一ヴィンテージで構成される。しかし、グラン シエクルは異なる。気候、収量、酸度、すべての条件を見極めながら、理想のスタイルに到達できる最高の3年を見つけ、ブレンドする──それは執念とも呼べるプロセスだった。「ベルナールは“完璧なヴィンテージは存在しない”と考えました。だからこそ、3つの偉大な年を選び、それぞれの特性を掛け合わせて、一つの理想を作ることにしたのです。ヴィンテージの個性を見極め、足りないものを補完し合う構成を取る。まさにアロマとテクスチャーの錬金術です」

実際、初代グラン シエクルは1952年、1953年、1955年のブレンドから生まれた。グラン・クリュのみから選ばれたブドウが用いられ、最低でも10年、マグナムでは16年という熟成を経て市場に送り出される。「それは、ただのシャンパンではありません。熟成の時間が複雑な香りと深みを生み出すのです。私たちがワインに与える最大の贈り物は“時間”。待つこと——それだけが許される唯一のアクションです」

このブレンドの概念は、現在の「グラン シエクル N°25」にも受け継がれており、2008年、2007年、2006年という三つのヴィンテージの特徴が見事に調和している。「エレガントな2006年、シャープな2007年、そして筋肉質な2008年。これらを組み合わせることで、単一ヴィンテージでは到達し得ない奥行きが生まれるのです」

 

その精神は、グラン シエクルに限ったことではない。ローラン・ペリエは、3つのサヴォワールフェール(ノウハウ)による革新の意思とともにシャンパーニュにおける製造技術の最前線をいくつも切り拓いてきた。

三つのサヴォワールフェールが築く、革新の遺産

第一のサヴォワールフェールは、スティルワインを長期保存するためのタンク管理。熟成の芸術こそ、ローラン・ペリエのもうひとつの美学である。「澱とともに過ごす時間が、シャンパンに香りの層と奥行きを与える。時間を急いではならないのです」。 特にマグナムではその違いが際立つ。瓶内に含まれる酸素とワインの比率が異なるため、進化はゆっくりと、だが確実に進む。「マグナムは16年待つ必要があります。それにより、香りとテクスチャーに比類ない丸みが生まれるのです」

第二は、ロゼにおいて希少なマセラシオン方式を用いた製法。シャンパーニュにおけるロゼづくりの大半は、白ワインと赤ワインをブレンドして生まれる。実際、それが全体の99%を占めている──だが、ローラン・ペリエはあえて、より困難な“マセラシオン法”を選んだ。「色の抽出と果皮からの風味の移行。そのバランスは非常に繊細で、技術と直感が試されます」。そう語るのは、ブランドを代表するアンバサダーのエドゥアール氏だ。数年の試行錯誤を経て確立されたこの手法は、単に色鮮やかなだけでなく、テクスチャー、芳香、ストラクチャーにおいて、他のロゼにはない複雑さをもたらす。「これは容易なことではありません。しかし、それゆえに得られる豊かさと深みは、まさに手間に値するラグジュアリーなのです」ローラン・ペリエのロゼは、テクニックだけでなく、哲学の現れでもある。容易な道を選ばず、完璧を求めて挑み続ける──その姿勢こそが、ブランドの真骨頂なのだ。

そして、1991年──ローラン・ペリエは、シャンパーニュ史に新たな一章を刻んだ。これが第三のサヴォワールフェールである。世界で初めて「ゼロ・ドサージュ(非加糖で辛口)」のシャンパンを市場に送り出したローラン・ペリエ。だがその背景には、ある年の自然との静かな対話があった。すべては1976年、フランスを襲った記録的な熱波に始まる。高温の影響でブドウは極めてよく熟したが、同時に酸のレベルは驚くほど低く、ph値は非常に安定していた。異例とも言えるその年の気候が、前例のない選択を促す。「この条件なら、ドサージュをせずとも、シャンパンとして成立するのではないか」。そう考えたメゾンは、ゼロ・ドサージュという新しいスタイルの創造に踏み切った。それから13年の歳月をかけて完成させたのが、革新的な一本──ドサージュを一切しない、純粋無垢なシャンパンだ。「私たちは、気候と向き合い、その可能性に応えることで、新たなスタイルを生み出しました。それが“ノン・ドゼ(Non-Dosé)”でした」ゼロ・ドサージュという言葉がトレンドとなるのは、さらに20年後のこと。だが、ローラン・ペリエはそれをはるか以前から見越し、すでにその地平を切り拓いていた。「私たちはトレンドを追わない。創り出すのです」。気候変動すら味方にし、時代よりも一歩先を読む──それが、ローラン・ペリエの真の革新である。娘のアレクサンドラとステファニーは今、その遺志を受け継ぎ、家族経営という枠組みを守りながら、新たな未来へと舵を切っている。

「伝統を革新でつなぐ」未来へと続くローラン・ペリエのヴィジョン

ローラン・ペリエは、いまも家族経営という希少な形を守りながら、世界中の一流レストランやソムリエ、愛好家たちに選ばれ続けている。「完璧を追い求める姿勢、時間を惜しまない覚悟、そして確かな技術。それこそが、私たちが伝えていきたい“冒険”なのです」

“時間”というラグジュアリーを注ぐ

ローラン・ペリエのシャンパンは、単なる飲み物ではない。それは、“時間”と“観察”、そして“構成”という名の芸術作品である。グラスの中に宿るのは、年月と知性、そして冒険の物語。ローラン・ペリエは、ラグジュアリーの真髄を、静かに、しかし確かに伝えながら、完璧という理想を常に現実に変えてきたメゾンの挑戦は、今この瞬間も続いている。

「完璧という幻想に、どこまで近づけるか──その問いに挑み続ける姿勢こそが、私たちの美学なのです」

ひと雫に込められた時間と知性。それは、技術や伝統を超えて、ローラン・ペリエというメゾンの信念そのものである。 自然の声に耳を傾け、あらゆる固定概念を超え、美の本質を問い直す──そんな姿勢が、グラン シエクルという象徴を生んだ。

シャンパーニュを味わうとは、時間とともにある思想に触れること。美しく立ち上がるローラン・ペリエの泡を眺めながら、そんなロマンあふれる冒険の物語に想いを馳せたインタビューだった。

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