INTERVIEW

KIKI SUKEZANE

アメリカのテレビドラマ『HEROES REBORN/ヒーローズ・リボーン』のミコ・オオトモ役に抜擢され、一躍ハリウッド女優として脚光を集めた女優・祐真キキの素顔に迫る。

Photo: Taro Washio
Text: Makiko Yamamoto

QLAに行かれて何年目ですか。
A丸4年です。2012年8月に行ったんで。 ーずっと向こうでもオーディションとかを受け続けたりもしているんですか。  そうですね。また今年も1月にLAに帰りますね、オーディションのシーズンがスタートするんです。毎年毎年オーディションです。やり続けるだけ。
Qでも面白いキャリアですよね。だいたい日本で女優されて向こうに行かれる人とかが多いですけど、向こうでキャリアスタートされたんですもんね。
Aそうですね。
Qその経緯をざっくりお聞かせください。
Aざっくりだとアンジェリーナ・ジョリーに憧れて、ですね。もともと人道支援とか環境問題に興味があって、それのツールとして女優を目指し出したんです。ハリウッドだからこその、「世界的に発言する力」を得たくて。アンジェリーナ・ジョリーとかディカプリオ、ジョージクルーニーたちのように、社会に貢献できるような事を私もしたいなというのが一番のきっかけで、ハリウッド女優を目指そうと思いました。
Qそもそも人道支援とか、そこに興味を持ったのはどういうきっかけなんですか。
Aきっかけというよりも、気がついたらそう思っていたという感じです。小学校の時にTVで「もし世界が100人の村だったら」とか、NHKとかで難民を映している番組を結構見てたんです。子供ながらに「私が世界を変える。私が救うんだ」みたいな、意識が芽生えたんでしょうね。子供の頃は世間を知らないですからね、「そう出来るんだ」という根拠のない自信がありましたね。根本的な部分はそこからですね。それで高校卒業して、アフリカに行きたくて、ちょっとタンザニアにバックパッカー1ヶ月くらい行ったんです。
Q危なくないですか。
A危なかったです。タンザニアはアフリカの中では安全な方なんですけど、1ヶ月行って10日目くらいかな、盗難というか3人くらいの男の人が全面切りのナイフを持って、脅されて全部取られたっていうのはありましたね。
Qお一人で行かれたんですか。
A一人で行って、でも昼間のビーチでそれういう事件に出会ったから「これはアカンな。昼間でも物を持ってたらダメだな」と思いましたね。やっぱり私はどっからどう見てもアジア人だし、女性だし…やっぱり狙われやすかったというのもあるし、その時ちょっと現地の地理が分からなくて、ちょっと危ないところに行っちゃったんですよ。「旅に行くときは危険な場所と安全な場所をちゃんと調べるべきだ」ということを学びましたね。
Qそうですね。どこでも危ないところはありますからね。LAもそうだし。
Aそうなんですよ。やっぱり知識が大事なんだなって。タンザニアでザンジバル島という島があるんですけど、島に1週間くらい行った時に南スーダンで働いているアメリカ人の男の人に出会って、その人が人道支援をしてる人だったんですよ。ちゃんとお金をもらって政府から雇われて、そういう活動をしている方で。当時、私は将来どうしようかすごい迷ってて、その人の話も色々聞いて、やっぱりその人がやってるような事をするには、大学出て大学院も出てみたいなある程度のスキルを身につけてということをしなければいけないというのが現状で。実際それをしたところで、その人が一人で救える人数だったり、村だったり、本当に限られてて、そういう話を聞いてる中でやっぱりアンジェリーナ・ジョリーまでいくと、救える人の規模がすごい変わるなっていうのをそこで感じて、人生1回だからやっちゃおうかなって。
Qなるほど。カッコいいな〜。鳥肌立ちました。でもそこから誰でも女優になれるわけじゃなくて。
Aそうですね。やっとヒーローズ リボーンでちょっと夢への扉は開いたかなって感じですけどまだまだこれからですし。その扉を閉めないように頑張って次やっていきたいなと思いますけど。
Q相当努力されたんですね。
A努力の実感はないですけどね。私は好きなことしか基本やってないので、オーディションの数とかはすごく行ってますけど、アメリカのアクターたちは同じことをしてますし、目の前にきたことを必死でやるようにはしてますね。
Q本場ハリウッドは刺激も多いでしょうね。
A刺激は多いですね。特に現場では刺激ばっかりですね。
Q向こうではショッピングなんかもされたりするんですか。
A向こうの方が多いかもしれないですね。安いし、買う時も楽なんですよね。店員さんも自由だし。日本は結構喋りかけてくるじゃないですか。私ちょっと苦手で自由に見たいので。
QLAだとどの辺に飲みに行くんですか。
Aほとんど飲みに行かなくて、LAにいる時は飲まないんですよ。夜もほとんど開いている店ないし、運転しちゃうと飲めないんで飲みに行く時はUberを使って。
Q向こうでも運転されます?
A毎日運転します。LAでの出没エリアはソーテルかな。ソーテルっていってプチアジアタウンみたいな、日本食レストランがあったりカラオケがあったりとか、居酒屋があったりとかそういうエリアがあるんですけど、そこは結構行きますね。
ー向こうではどういう人と遊ぶんですか。
ほんと色々ですね。ヒーローズで共演した役者の人とか、あと日本人の友達いますし。 ー自炊が多いですか?  自炊ばっかりですね。カフェとかは行ったりしますけど。
Q例えば朝・昼・夜で作るもでいうと?
Aほんとに自炊適当なので、ある野菜を炒めてご飯炊いてって感じですね。
Qなんか大学生の男の子の一人暮らしみたいな。
Aそうそうそう。
Q和食とかも作ったりされるんですか。
A和食ばっかりですね。炒めて塩胡椒で味つけるとか、あとは焼きそば作ったりお好み焼き作ったりとか。たまに唐揚げとか作ったりしますけど。あと鍋もお手軽なのでよく作りますね。お湯に全部入れてポン酢で食べるっていうシンプルなスタイルですが。
Q向こうでは家はどういうところに住んでるんですか。
A家はアパートを借りて住んでます。日本に比べたら広いですけど、でも1ベッドとTV見るような部屋があって、あとキッチンという感じです。だからそんなに広くはないかも知れないですね。
Q日本との良い意味での違いとか、LA来て良かったということはありますか。
A違いは文化の違いから含めて、全然違いますし、なんかどっちも良いところもあり、どっちも嫌だなと思うこともあり、でもアメリカは楽しいですね。でも日本も楽しいな。両方あっての、今ですね。
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Qこれから挑戦してみたいことはありますか。
A今年は音楽に挑戦したいです。今ちょっと歌詞とか書いてて。
Q奏でる方もやりますか。
A奏でる方は何回かトライしてて、私結構熱しやすく冷めやすいタイプで。ギターも弾けるようになりたいなと思いますけど、なかなか継続できなくて。
Qどういう系の音楽をイメージしながら歌詞を書いているんですか。
Aちゃんと人に響く、イメージは昭和歌謡という感じなんですけど。昭和歌謡が好きでそういう匂いのする曲作れたらいいな〜と勝手に思って。
Qというと聖子ちゃん?
Aいや、アイドル系じゃなくて。昔の歌詞ってすごく良くて、歌詞を読むとイメージしやすいんですよね。その状況であったりとか、今の歌詞とかだと感情的な部分が多くて、自分の欲が多い気が勝手にするんですよね。私の歌詞は名詞が多い気がして、“タバコの吸殻”とか。
Qあ〜、目を閉じたら浮かぶような。
Aそうそう。イメージしやすいですよね。そういう歌詞書ければ良いなって。
Qかっこいい。すごい楽しみにしてます。
Aどうなんだろうなー。かっこいい歌作りたいですね。でもそれは趣味というか、表現の一つとしてやりたいなと思いますね。
Q尊敬している方はいらっしゃいますか。
Aもちろんアンジェリーナ・ジョリーも尊敬してますし、でも母親は尊敬しているかもしれない。
Qお母様は京都ですか。
A母は京都にいます。
Qどういうところを尊敬されていますか。
Aまぁ芯は強いですけど、忍耐力があるというか。耐える強さをもっているところとか。
Qかっこいいですね。
Aそれもちょっと昭和っぽいかも。  自分のやりたいことよりも家族優先だし、そういうところがすごい母親だなと思いますね。
Qこれからやってみたいことは?
A今年は音楽に挑戦したいです。今、歌詞とか書いているんですが、人の心にしっかりと響く昭和歌謡という感じなんです。昭和歌謡が好きでそういう匂いのする曲を作れたらいいな〜と勝手に思っていて。昔の歌詞は、読むとその状況などをイメージしやすいんですよね。今の歌詞は感情的な部分が多くて、自分の欲を表現しているおとが多い気がするんです。私の歌詞は名詞が多い気がして、「タバコの吸殻」とか…目を閉じて聴いていると情景が浮かぶような、そんな感じを目指しています。
QAdventure Kingの読者にメッセージを頂いてもいいでしょうか。
Aやりたいと思うならやった方が確実にいいと思います。人生1回だし、やらない後悔よりやって後悔した方がいい。したいなら、絶対冒険した方が良いと思いますね。したいとちょっとでも思ってるなら、一歩踏み出してやるべき。行動するってすごい大変じゃないですか、でも色んな事が見えてくると思う。悩んでるなら行動した方が良いと思いますね。
Q考えるならね。
Aそう、考える時間がもったいないからね。行動したら答えはすぐ見つかりますから。
Q確かに。合うか合わないかもすぐ分かりますしね。
A考えてても自分ワールドに入っちゃうだけ。病むくらいなら行動しちゃおうってね。

Profile:祐真キキ / 1989年生まれ 京都府生まれ。叔父はファッションエディターの祐真朋樹。趣味は旅をすること。特にバックパッカーとしてタンザニアのザンジバルへ行ったのは強い印象として今に残る。現在の活動拠点はL.A.であり、日本とアメリカを行き来する生活を送っている。尊敬する人物は、母、マザー・テレサ、アンジェリーナ・ジョリー。