ーDJになった経緯は。

子供の頃からのことが全て繋がって今の自分があります。幼少の時から身体を動かすのが好きだった一方、音が出る家電製品にもとても興味をもっていました。当時幼いながらもあらゆる電化製品のパンフレットを読みあさっていました。 そのため、将来は「音」と「ものづくり」ができる電機メーカーで開発の仕事がしたいと思っていました。 大学卒業後、パイオニアに入社し、DJ機材の開発・設計部署に配属され、エンジニアとしてCDJやコントローラーなどの開発・仕様検討・プログラミングをしていました。最初は、自分が開発を担当した機種を世界中のDJたちが使用していることに感動していましたが、DJを見に行くたびにいつしか開発したものを自分でも使いこなしたいと思ってDJを始めました。自分で作った機材で舞台に立つ、アイアンマンのような感覚でしたね(笑)

ーそれでDJ自体にも興味を持ったと。

DJを始める前はストリートダンスをやっていました。そこであるときフロアから見たDJブースがすごく気になって……その後、実際に機材を触らせてもらうとCDJ、そしてDJという存在に興味を持ちました。僕の原点にあるのはストリートダンス。そこでの経験は今の僕の血となり肉となっている。オーディエンスがどう体を動かしたいか、さらにはどんなサウンドを求めているのか、DJとして必須の感覚はダンサー時代の経験によって自然と培っていきました。

ーなるほど。

自分で開発した機材で表に立ってそれでプレイする。誰もやってない感覚だと思うんです。

ー自分で作ってるからこそ、その機材の特徴も分かりますもんね。

もちろんそれはあると思います。自分が考えた仕様から仲間と考えた仕様、自分が開発を担当した機能もあるので。とはいえ、猛練習しましたけどね。バトルDJ時代、大会前は仕事の休みは全て練習。夜も体力の限界まで練習して寝るって感じで。当時、CDJのルーティーン動画はそこまでなかったので、自分がパイオニアになるつもりで練習していました。僕は他の人と同じことはやりたくない。それだけに、開発仲間やDJ仲間などのプレイでも気になるところがあればすぐに聞いて、そこで得た知識を自分のテクニックと掛け合わせる。そうやって誰もやっていない新しいルーティーンを考えていました。

ーそれで、大会で優勝して、いまはDJ一筋で世界中からオファーがあるなんて!この決断はすごいですよね。

プロのDJになるのに背中を押してくれたのが当時の上司で「今がチャンスだから思いっきりやってこい、ダメだったらいつでも戻ってこい」と。すごく嬉しかったですし、自分の中で決意が固まりました。

ー話を聞いてて面白いのがやっぱり好きを追求するタイプなんですね。

そうですね。あと誰でも出来るようなことじゃないので、「今しか出来ないからやっちゃおう!」というのもありますね。

ー普段は何をしていますか。

DJ、作曲、ジムのルーティーンです。 DJと作曲は想像つくと思いますが、幼少時からずっとスポーツをしてきたので、生活リズムのサイクルに運動が入っていることは自分の中ですごく重要です。

ー思考もクリアになりますしね。

そうだと思います。スッキリします。あと普段はフィギュアを集めたりとか、友達とよくラーメンを食べにいったりもします。海外ではラーメンは美味しくないので食べないようにしてます。日本が一番!

ー今年予定されているプレイは?

シンガポールで開催されるUltra Music Festivalですね。あとまだ発表できませんが世界中からお話をいただけるのはとても嬉しいですね。

ー最後にYAMATOさんにとって、冒険とは。

今までいなかった自分に出会うことです。常に進化を求めている僕にとって人生そのものの言葉。これからもどんどん冒険を続けていきたいって思っています。

Profile YAMATO

DJデビューから僅か2年でコカコーラ社の主催する「burn WORLD DJ CONTEST 2013 JAPAN」に優勝し、スペイン・イビサ島で行われた世界大会でAviciiからフェスの共演者に指名されハンガリー・ブダペストで日本人初共演。その後、Diplo、Zedd等の名だたるアーティストとの共演、Summer SonicやUltra Japan、electric ZOOなど大型フェスに多数出演し、Remixやオリジナルトラックも多数手がける。