ラオスのリーグで優勝し、今年からはインドネシア1部リーグのPersiba Balikpapanでの 選手としての道を進んでいる能登選手。

海外を渡り歩いている彼に人生の冒険を問う。

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Location: Wallflowers Bar / Stylist: Kohei Sugiyama (tomorrowland)

ー優勝おめでとうございます。1年経たない間に存在感を出して結果優勝へ。すごいですね。

ありがとうございます。そうですね。ラオスではいろんな方と出会って、サッカーだけじゃなくてランウェイも歩かせて頂いたり、いろんな機会が多くて。サッカーに関していうと日本人の枠がなくて外国人枠で入っているんで。ブラジル、ウルグアイ、カメルーン、フランス、モンテネグロとかがチームにいて、外国の選手らと勝負してポジション争わないといけない。日本人もあと3人いて、その中で21試合出られて、9ゴールと10アシストも出来て…もちろんこれに満足しちゃいけないけど優勝というのが一番大事でした。どんな世界でも優勝することってすごく難しいことだからそれが叶ってよかったです。優勝のために積み重ねてきて、去年1年はすごく苦しい思いを僕自身しましたし、ジェフ千葉に行って試合にあまり使ってもらえなくて、何がダメなのだろうと見つめ直して、しっかりベースとして上手くなるということ。サッカーを上達するということを集中して考えられて、真摯にそこは取り組めた。もっと継続して来年に向けてやっていこうかなと。

ーラオスに行く前と行った後では変わりましたか。

もちろん成長したと思うし。 やっぱり人としての成長はすごくあったかなと。感性が研ぎ澄まされて豊かになったというか、今までは型にはめて決めに行こうとしていた部分が、ここちょっと抜いてとかいう部分がだんだん上手くなってきた。集中するところと力抜くところというバランスが。やりたいことを全力でやっていたという部分は本当にそうかもしれないです。例えばリング作りたいとなったら、最初欲しいピンキーリングがなくて、どのブランド見てもなくて出会うまで買うのをやめようと思っていたんですけど、それもたまたま飲みに行ったバーで現地の金細工の職人さんとお会いして、仲良くなって実はこんなの作りたいんだよねって言ったら、デザインを起こして持ってきてくれたらやれるよって言われたのがスタートで指輪作るようになって。

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ーそこから話は早かったんですか。

そこからトトトーンって。僕描くのとかも好きで、最初のデザインも自分なりに描いてみて、こんなのがいいかなとか考えながらやって。 受注も程々あって、でもサッカー選手が商売するといやらしくなるんで。なんかそんな感じの捉え方をする人もいっぱいいるし、欲しいっていって連絡がきた人にだけ提供しています。ハンドメイドだし、24金ということもあって数をたくさん生産出来るものでもないので。やっぱり一生つけてもらえるものを作りたいし、デザインカウンセリングもちゃんとしたいし。 自分でもそれがどうしてサッカーと繋がっているか考えたりもするんですけど、プレイ中のハッというひらめきだったりとか集中力とか、取り組む姿勢というのは毎日の練習にも私生活にも、全部共通して言えること。真面目にどれだけ取り組めるかと、そして自分自身楽しみながらじゃないと、そのモノに対しても絶対引き付ける力はないでしょうしね。 ーセンスとか感性って全部共通しますよね。スポーツもそうだし、遣う言葉も持ち物もそう、考え方とかも。 うん。全てに表れる気がして。

ー今回の帰国では精力的に講演活動をしていましたね。次の世代を育てることにも興味があるんですか。

はい、高校を卒業してプロに行くというのは、なかなか勇気持てないところだと思うし、でも僕のように「そういう道もあるんだよ」というのを一歩一歩示せていると思ってて。今僕は26歳でプロとして7〜8年サッカーをしてきている中で、どういうきっかけでサッカーを始めたかとか、どういう姿勢で取り組んでいるか、食や生活習慣など気をつけていることも全て話しています。海外ならではの貴重な出会いもあって、それが僕を成長させてくれているので、みんなにもぜひ経験してほしい。そういうことを伝えていかないといけないと思っていますし、アウトプットすることで僕も成長出来ますし。現役のプロ選手と触れ合うというのは小さい頃はないので、何か気づきになれればと、日本にいるときは講演で全国を回ろうと思って。

ー確かにプロの世界って、私たちからしたらすごく遠い世界に感じますよね。

僕が子供のときもそう感じていました。でも実は近いし、サッカー選手って別に夢だけの話だけじゃなくて、現実的にすごく厳しいし、毎年すごい数の人が切られるし引退していくんです。でも、サッカーは世界的なスポーツなので、ボール1個あれば色んな国に行けて、色んな友達が出来て…素晴らしい経験ができる。生半可な気持ちじゃできないけれど、本気になれば最高の出来事が待っているってことなんです。

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ーどんな仕事も楽な道があって、どこかで楽な道に行ったらそこまでしかいけないんですよね。

厳しい方、厳しい方を選ぶ方が、将来的にいいと思うし僕自身もそうしています。日々成長させてもらっていますね。

ー今後の展望は。

インドネシア1部リーグのPersiba Balikpapanで2年契約をしました。新たな土地でまた新たな仲間ができつつあってワクワクしています。インドネシアってファンが多くて、今度も5万人の前でプレイするんです。僕が日本から来たってことも地元では話題になっていて、街をあるけばサインを求めてもらったりして…そうやって歓迎されていることが嬉しいですね。

ー色んな国でサッカーをしながら生活できて最高ですね。

サッカーをやっているからこそですね。普通のサラリーマンをしていても行けないでしょうしね。みんなに「サッカーして色んな国に行って忙しいね」って言われるんですけど、僕はそうは思わないです。ラッキーだなってむしろ感謝しています。

ー結果出さないといけないというプレッシャーがすごそうですね。

プレッシャーがないという状態が、逆に怖いです。僕は自分のことをメンタルがすごく弱いと思っていて。甘えちゃう癖があるんですよ。だから契約も単年にしてリミットを設けているんです。18歳からキャリアがスタートして、毎年絶対に単年なんですよ。2年とか3年契約と言ってくれるクラブもある。シーズン途中1年目で怪我しても来年あるやって考えちゃうんですね。「怪我しないようにやろう」とかね。でもそれってなんか僕らしくないなって。あえて自分を逃げられない状況においておこうって。良かったら上がるし、ダメだったら下がって消えていくし。その方が自分らしいのかなって思いますね。今回は2年契約ですけどね。

ー自分で自分を追い込んでいるんですね。

追い込むのが下手なので、敢えて契約を単年にしたりしてそういう環境からやっていった方がいいかなと。楽しようと思ったら、いくらでも楽できる。でもその分お給料も下がるし、止まったら自分自身に負けてしまうと思っているんです。

ー根っからの冒険野郎ですね。

ですかね。根っからのバカなんでしょうね。

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Profile

能登正人 大阪府枚方市出身 東海大学付属第五高等学校卒業後、単身スペインに渡り、2010年にスペインリーグ4部のCDイレスカス(英語版)とプロ契約、その後ドイツのSVゴンセンハイム(英語版)、ハノーファー96IIでプレーしていたが、2013年にタイ・ブリーラム・ユナイテッドと契約し、すぐにチャイナートFC にレンタル移籍。 2014年1月同タイ国内の Army United(アーミー・ユナイテッド)に完全移籍。 2015年3月5日、ジェフユナイテッド市原・千葉へ完全移籍で加入。2015年シーズンを以て契約満了となり千葉を退団。 2016年2月よりラオスリーグのLanexang Unitedと契約してプレー、シーズン優勝。 2017年1月よりインドネシアリーグのPersiba Balikpapanと契約。ASEAN枠ではない外国人枠(3名)として加入した。