彼と初めて対峙したとき、その立ち姿に一瞬空気がとまった。

時代を超えて今を生きる侍を見た気がしたからだ。そしてインタビューを進めていくうちに、その理由は次第に明らかになった。彼の生き様、人生の捉え方が侍そのものだったからだ。

日本に誇りをもち、それを発信しつづける音侍、BESの言葉はきっと君の心に何かしらの光を投じてくれることだろう。

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―音楽を始めたキッカケは?

俺でも出来るかなって思ったのがキッカケです。もともとモノづくりが好きで、芸術系の専門学校みたいなところに行ってたんですけど、これは教えてもらうものじゃないなと思ってやめたんですよ。2年制だったんですけど、2年の最後で辞めた。

―じゃあ19歳ですかね。

そうそう。なんか音楽の方が伝わりやすいというか、自分にフィットしているツールやったからそれが歌いだしたきっかけですね。でもこれで飯食おうとかはなかったですね。

 ―でもそこからメジャーデビューって、結構トントン拍子にこられたんですか。

2007年にインディーズで1枚出して、それまでに曲がいっぱいあったからインディーズでアルバムだしてみようやってなって、それが最初でそのあとすぐに売れ始めた感じですかね。

―音楽で生きていくっていうことは一つの冒険ですよね。

そうですね。「音楽で生きていきたい」って言って親に完全批判されて、それ振り切った時から冒険が始まりましたね。それまでも親の言いなりになってたつもりはないんですけど、自分の決心を親に言って、「絶対無理や」と言われた時の理解してもらえなさを、「見とけよ」って、そこから出てくる力が1番強かった気もするんですよね。

―そこからはでも順調に?

まぁ、そうですね。

売れるか売れないかの話で言っちゃうと、まぁこれからなのでもうちょっと時間はかかるんですけど。ただただ売れたいとは思ってないですよね。売れようと思ったらなんぼでも売れたと別のやり方があったと思うし、でも僕はちょっと違う方向性で、しっかりとアーティストとして出たいし。やっぱり日本の音楽かっこいいなって、海外の人が自分の事を調べてくれたり、日本製の音楽をほんまにカッコいいと思わせられるようにずっと歌ってきています。

―いつも準備万端にして。

僕より歌上手い人なんてなんぼでもおるし、カッコよくやってる人もいっぱいおるんですけど、それをキープしたり向上させるのが一番難しい。ただただ売れたいというのだけではないですよ。

―BESさんにとって冒険ってなんでしょう。

当たり前にありすぎて。けど冒険心無かったらたぶん退屈やと思うんですよね。やっぱり行ってみたことのないところに行ってみたいし、休みの日に家でボーっとする事がないタイプなんで。冒険とか無かったらほんまに退屈でおもんないなぁと思うんですけどね。

―これから行ってみたい場所はありますか。

僕の唯一尊敬するアーティストの師匠的存在が三木道三さんなんですけど、その人がブラジルとすごくゆかりのある人なので行ってみたいですね。ブラジルに行って三木道三になった理由を知りに行きたいですね。音楽もそうやけど愛国心に溢れてる国らしくて、ジャマイカ人もそうなんですけど、「俺らの国はこんなやけど日本はどうやねん」、「ジャマイカはこんな良い国やけど日本はどうなの」というくらい、まず一声目に“自分の国が好き前提”で話してくるみたいな。その概念が日本には無いような気がして。そういう意味でもブラジルとかは気になってしょうがないですね。

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―確かに私も卒業旅行でブラジル行ったときに、そこら中に国旗があったしみんなブラジルカラーの服を着てるし、日本でそんなことしたら右翼みたいな。

うん。例えば近所付き合いだったり、醤油無くなったから隣のおばちゃんから借りてきてって小さい時はそういうのがあったと思うんですよ。うちだったからそうかもしれないけど、この前の醤油のお返しに果物持っていくというそういう付き合いも俺は愛国心だと思ってるんですよ、地域を良くしていくとか。でもそういうのが最近無いような気がして。

―ほんとそうですね。挨拶すら同じマンションでもなかったりしますよね。ADVENTURE KINGもそういうのを打ち出していきたいんですよね、海外を特集するのも海外に行って日本の良さって見えてくる。そういうのに気付いてほしいなって。

日本めっちゃカッコいいと思うんすよ。僕は音楽においても世界で通用する日本語を発信したいんです。英語にするとどこかの市場に合わしてまう、だから純国産の音楽で勝負をしたいというのが1個の信念ですね。日本のオリンピックまでにそういう歌が出来たらバッチリなんですけどね。

―そうですね。日本人が洋楽を歌うみたいに、外国人が日本語で歌ってくれたらいいですもんね。

昔アメリカ人の子がライブを観に来てくれたことがあって、留学生だったんだけど、話をきいてみたら「日本語を覚えるのもだけど日本の音楽も好きで」って言ってたんです。俺の音楽を聞いてくれて、必死で歌詞カードを追っていて。日本語って、英語では出来ない表現とかも日本語にはいっぱいあったりして、例えば「燃え立つ命」という一言だったりね、そういうところにピントを合わせてくれる海外の人とかもおると思うんですよ。「日本カッコいい」って。小さいことかもしれんけど、オリンピックになったらいっぱい海外から来てくれるわけやし、その時が絶好のチャンスやと思うし。そこで下手にカッコつけて英語で歌うよりも、僕の音楽として見てもらって、それがレゲエじゃなくてJ-popって言われでばそれでOKやし。日本サウンドのカッコよさにこだわりたいですね。

―そうですね。日本人としてのプライド大事!

うん、胸張っていいと思うんですよ。僕には実績もないから何の根拠もないですけど、そういう芯やと思うんですよね。食べ物のしてもインスタントのもので終わりにするか、高いけどいいもの食うか。それと一緒やと思うんです。

―それこそ人生を丁寧に生きるということですよね。

ほんとそうやと思います。

―読者の方々にメッセージをお願いします。

なんか埋もれる奴は埋もれるし、やりたい事をやるって言ってそれがお金にならなくて家族に心配かけたりして、そういうのが足かせになっていく。俺も20代前半のフレッシュさはいしやりたい事やれと一概には言えへんようになってきてるから。でも僕が大事にしてるところは一つの基準なんですけど、同い年の奴らに負けへん、その勝ち負けは充実してるかどうか、仕事を有難くお金を頂いてるかどうか、その収入が負けてるかどうかがすごく大事です。たぶん自分より稼いでる同い年の子がいるんですけど、仕事おもろないとか言うてる奴らが大概だし。なんかやっぱり初めて歌で稼いだお金で1000円のものを食べて激うまだったり、そんな感覚で。しっかり人様に喜んでもらってお金をもらうというか、また仕事しようとか思えるような仕事が出来ているかどうかじゃないですかね。

―自分にとってその額というよりも、お金の価値があるかどうかってことですかね。

そういうことです。それにお金の価値知らないのに稼いじゃうと、潰れそうで怖い。例えば100万円を稼いだら、次1000万稼ぐ難しさが分かるし、その次億を稼ぐ難しさが分かるし。それを知っておかないとなんか不幸になっちゃう気がするんですよね。大金持ちになりたいわけでもないし、しっかりお金の価値を考えて、毎年向上していけたら良いと思うんですけどね。

―そうですよね。いきなり3億円当たっちゃった人ってたぶんスカスカのジェンガのようですよね。

ほんまに。一気に崩れそう。自分に見合った稼ぎ方、夢の持ち方、キャパオーバーせぇへんことですよね。

―さすが地に足がついてますね。

もう既に地にくっついてるんですけどね(笑)。

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Profile ベス

大阪、堺出身。地元で開催されていた野外ダンスに衝撃をうけマイクを握る。

その後レッドスパイダー、ジュニアの目にとまりYOUNG BLOODへの参加やZUM ZUM NIGHTでのライブパフォーマンスで注目を集める。

2007年ファーストアルバム 「MUSIC IS MY ROAD」をリリース。そして翌年リリースされたシングル 「ずっと!!」 がオリコンインディーズチャート1位を記録。キャリアを積み重ね、ユニバーサルミュージック、ファー・イースタ ン・トライブ・レコーズより 「Come inna de DANCEHALL」 でメジャーデビュー。

幼少の頃から続け ているピアノや独学で覚えたギターを駆使して制作する歌心あるフロウは現場レベルでの評価も高く、制作する楽曲にも音楽センスが溢れている。その天性の美声と音楽 センスを武器に頂点を目指す。
http://www.universal-music.co.jp/bes/biography#Q3Rt7CEvZ0WkLv2H.99 で詳細を読む