90年代後半、彗星のごとくデビューした三木道三レゲエシーンのみならず日本の音楽界に大きなインパクトを放つ。

当時、彼を通して初めてレゲエに出会ったという若者も多かっただろう。

心の声をそのまま表わしたかのような楽曲に誰もが胸をうたれた。

そして2014年、11年間の活動休止を経て、DOZAN11として活動再開。

渋い大人の雰囲気を醸しているDOZAN11へ11のQ&Aを試みた。

重みのある返答をしてくれる彼を、きっと君は「アニキ」と呼びたくなるだろう。

 

ー活動を再開されるにあたって、名前をDOZAN11にされた理由と、11の意味を教えてください。

2002年に一度引退した後、dozan名義で作詞作曲などしていたので、dozanだけでも良かったが、ツイッターなどで検索するとdozanだけだといっぱい他のものが出てきたので何かのIDやアカウントを作る際文字と数字をミックスさせろという要求に答えて数字をつける感覚で好きな数字を付けた。

ブラジルでロナウドが自分のイニシャルと背番号を合わせてR9という病院をやっているのを知って自分の背番号的なものも作りたくなった。

2011年に311の地震のチャリティーソングを配信した時XI(ローマ数字で11)という名義にしたのが 11を使い始めた最初。

昔、10まで一周して、新たに11からスタートという意味も込めてる。

11は漢字にすると±(プラスマイナス)にも見えたり、武士の士に見えたりで面白いと思っている。

DOZAN11さんにとって、冒険とは? 

人生や人生観が変わる、とか後で人に語っておもしろいくらい

ドキドキ、ワクワク、ハラハラする活動、みたいな感じか。

好きでそれに向かったかどうかや、それでベターな自分になったかどうかは関係ないように思う。

過去の冒険、人生の転機を教えてください

21歳で初めてジャマイカに行った時、観光地のモンティゴベイに行くつもりが飛行機を降り損ね、国の反対側でレゲエの盛んな首都キングストンまで行ってしまった。

その時知り合ったレゲエ関係のジャマイカ人と日本人とのリンクやキングストンの街、スタジオ、ゲットーなどの体験が自分をレゲエ人にした。

その2、3年後くらいに、アメリカで車がゴロゴロひっくり変える交通事故に有い、退院してすぐジャマイカに行った。アメリカの空港では車椅子で移動し、キングストンのローカルイベントでは松葉杖でステージに上がって歌ったり、アキ&ソルトフィッシュという、その後彼らの全国ツアーに僕も同行させてもらった双子の先輩アーチスト達に出会ったり、彼らに渡したデモテープを現地レーベルの日本人プロデューサーが聴いて、キングストンでの録音に誘ってくれたり、色々面白い時期に成った。

事故の直後で、『いつ死ぬか分からないもんだ』と感じていたので、その誘いに乗りプロとしての活動を加速させた。その後数枚レコードを出してもらった。

そのレコーディングの時期にそのプロデューサー宅で火事を出してしまったが、蛇口から水は出ないし、消防車を呼んでも来ないし、散々だった。なんとか火は消えたが、3枚目のシングルまでのギャラが火事の弁償に消えた。

こういう、ジャマイカの治安やインフラのマズさでのエピソードは日本のレゲエ人は皆たくさんある。

どんなときに旅にでますか? どこへ行きますか?

知人、友人がそこに居る。見たい音楽や祭りがそこにある。サッカー日本代表の試合がある。みたいなことが多い。ジャマイカ、アメリカ、トリニダード、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、中国、ドイツ、沖縄、四国、東北とか。あとはアフリカとキューバに行き損ねてるから行きたい。

ジャマイカでの忘れられないエピソードは?

真夜中、星は見えるけど真っ暗な山奥で真っ黒い大人の黒人達が大勢集まって炎上げたりギャーギャーいいながら爆音でレゲエを鳴らして遊んでる中、日本人独りぼっちでシビれてたのは忘れがたい風景の一つ。

日本にあるものとは違い過ぎるワイルドさやったし、車で田舎の山道を長時間走ってそんな場面があるとは予想してなかったから驚いた。

DOZAN11さんにとってのインスピレーション源は?

良いオケを聴いたら最初から最後までほぼ一気に歌が湧いてくる、ってのが僕には一番良いプロセス。

気分が盛り上がる為のインスピレーションは、本、漫画、散歩、旅、なんかが良い。

旅先や帰ってすぐ出来る場合も凄くエネルギーがあって良い。

映画も大好きやけどずっと受け身で文字もないし、案外五感への刺激が少ないかも。

1
音楽に込めるメッセージとは?

自分の音楽を聴いて上がれたり楽しく感じれる人達の、人生のテーマ曲や挿入歌を提供したい、と思って音楽を作ってる。口ずさんで元気になって欲しい。

そういう感じじゃないのもこれから作るかも知らんけど、今までのは全部そう。

 

これから挑戦したい冒険はありますか?

13年ぶりのステージ復帰は大冒険。すっかり変わったシーンで、新たに11から積み上げ直しでどーなるか先が全然読めない。

ここ10年以上あちこち体調が悪かったので、

もう痛いとかしんどい目に会う冒険は時間もロスするしイヤやけどアマゾンとかアフリカとかは行きたくてまだモヤモヤしてる。

DOZAN11さんの人生にとって必要不可欠なものとは?その理由も教えてください

心身の元気と気温。これがないとどーにも動けない。

後は夢と志。これがないとやる気が出ない。

困難に直面したとき、どうやって乗り越えますか?

立ち止まってゆっくり考える。急に別人の様な能力が備わったりしないので、自分の出来ることや方法を探す。

読者にメッセージを

時間と年齢はほっといたらドンドン減ってく貴重な資産やからチャレンジしたいものがあるなら、準備は早くし始めた方が絶対良い。

スタートは良いタイミングで。

人生の豊かさは思い出の質と量にかなりかかってると思う。未来の自分に良い思い出をちょっとずつでも作ってあげて欲しい。

 

プロフィール:

1995年、“三木道三”としてジャマイカの日本人レーベル[Jap Jam International]から「Japan一番」でデビュー。

その後立て続けにレゲエシーンでヒットを出し、ジャパニーズレゲエの勃興期を牽引する一人となった。

97年と98年にはFM仕立てのアルバム「MIKI FM」Mix Tape版 (Slow Cut Production)とCD版 (BANDAI / FLYING HIGH)を発表し、それに当時第一線のジャパニーズレゲエ、ジャパニーズヒップホップアーチスト達が参加し話題を集めたと共に、ユニークな歌詞とライブで幅広い層から人気を得て行く。

2000年、徳間ジャパン/大和Recordingsから「斬る! ジャパニーズ」でメジャーデビュー。

2001年、3枚目のシングル「Lifetime Respect」でジャパニーズレゲエ初のオリコン1位を獲得し、90万枚以上を売り上げた。2002年、47都道府県クラブツアー終了後活動休止、以後長期療養に入る。

その間“Dozan”・“Inspya”等の名義で、Moomin, BES, MUNEHIRO, RED SPIDER, Spicy Chocolate, MINMI等の作品で数多く作詞/作曲/プロデュースを手掛けて来た。

2014年、“DOZAN11”として初のアルバム「Japan be Irie !! 」をリリース。